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スタートアップな人に勧めたいランニング

3年半ほど前から走るようになった。スマホのランニングアプリ曰く、累計156回ランニングに行ったらしい。言っても 週一くらいの運動なので、大したことではないのだが、一応今年はハーフマラソンも走り、年末にはフルマラソンも 走る予定だ。

元々走り出した理由は、当時付き合い始めたばっかりだった彼女に「1kmも走れないとは(ry」と呆れられたことにある。 天邪鬼な性格なので、バカにされるとやる気が出る。ランニングシューズを買い、アプリをダウンロードし、少しずつ走るようになった。

その顛末を当時働いていた会社のCFOに言ったところ、「ランニングはいいぞ」と背中を押された。

— ランニングのどこが良いんでしょう
— 仕事と似ている
— …というと?
— 持久力と忍耐力が試されるし、とにかくツライ
— …
— ただ痛みに耐えられすれば、誰でもできる

痛みに耐えられすれば、誰にでもできる—これが最後の一押しとなり、人類のべ数百億人目のランナーとなった。 鬼のような仕事ぶりに敬意を払わざるを得ないCFOの仕事観を、本能的に知りたかったのかもしれない。

へっぽこなりに数年走ってみてつくづく思うのは、ランニングこそスタートアップで働いている人たちに向いた運動だということだ。

まず、ランニングは初期投資がかからない。必要なのはシューズと手頃なスポーツウェアだけである。ついでに言えば、 継続コストも実に低い。シューズの買い替えなぞ数年に一度だし、未だに筆者はウェアはふたつしか持っていない。 スタートアップをやっている人たちは大体お金がないので、うってつけだろう。

スタートアップをやってると、金よりないものが時間である。チームスポーツの練習をする時間も、練習試合に参加できる スケジュールの確実性もない、という人が多いんじゃなかろうか。その点、ランニングは実に時間効率が良い。 豪雨・豪雪の日を除けば、いつでも外でできるので、ジムに入る必要もない。東京なら冬もそこまで寒くないので通年で 外でできる。出張先でも、大体どこのホテルもトレッドミルはあるし、外を走って土地勘をつけるのも悪くない。 いつでもどこでもできるので、スキマ時間を有効に活用することができる。

最後に、金よりも時間よりもスタートアップをやっている時に実は一番無いもの、それは一人で誰にも邪魔されないで考えられる 場所だと思っている。筆者は創業者ではなく、あくまでスタートアップに初期に参加した人間だが、それでも会社の成長の 節目節目で、正解のない問題に何度も直面した。そういう時こそ、しばし直近の仕事から距離を置いて自省すべきである… のだが、なかなかそうもいかないのがスタートアップの現実である。顧客対応、マネージメント、営業ノルマ。タスクは 人それぞれだろうが、常に何かに追われており、そういうものから隔離された時間を取ることは非常に難しい。

ではどうすればよいのか?自分の時間をつくる効果的な方法が、自分の空間をつくることだ。自分の空間を持続させることにより、 外から干渉されない時間をつくることができる。ただ人間はそこまで強くないので、外的干渉に応じてしまったり、折角 つくった空間・時間を上手に自省に当てられなかったりする。

この点、ランニングはたいへん素晴らしい。まず、外的干渉は非常に稀である。ランナーの空間に入ってくるには、文字通り 伴走しなくてはならず、そこまでしてあなたの時間が必要な人はまずいない。電話・メール・メッセージが飛んでくるかもしれないが、 全力疾走しながら会話もメールもできやしない。また、走っているときというのは、あんまり他のことはできない。 ツイッターもインスタもチェックできないし、細かい作業も厳しい。せいぜいできるのは、その日の振り返りや、大枠での考えごとだろう。

走っているときのアタマというのは、必然的に戦略的なのだ。

ぶっちゃけ最近ブログを書かなすぎだったので、誰がこれを読んでいるのかわからないが、もしも金も時間もない中、 何か運動をしたいと考えている起業家やベンチャー勤務者がいるのであれば、是非ともランニングをオススメしたい。

2019-09-15

政治に関心が無いことは悪いことなのか

日本人の政治への無関心さがよく各種メディアで取り上げられる。そして、無関心さを嘆き、政治への参加を求 める若干左寄りのエリートインテリたちの声が、SNSにこだまする。概ねそういうエリートたちは、大衆主義に 反駁し、靖国参拝に憤り、投票を促し、様々な角度から日本沈没論を唱える。

「日本沈没」とか書いたら、筒井康隆のショートショート「日本以外全部沈没」を思い出した。本来思い出すべ きは小松左京な気もするが。

話が早速逸れた。

確かに、他の適度に民主的で、経済的に豊かな所謂Gナントカに入る国の中では、日本人は政治に関心が薄い方 だ。それに比べ、筆者が住むアメリカは、来年大統領選を控えているということもあり、どこに行っても政治の 話で持ちきりだ。トランプという、今までの政治思想ベクトルの斜め上を行く男の台頭が、それに拍車をかけて いる。将来トランプの功罪がどう評価されるかはまだ分からないが、少なくともアメリカ人の政治的関心を集め 、反トランプメディアの旗手となったNYT紙の株価を大幅に引き上げたというのは、間違いなく功績であろう。 罪の方を上げたら既にキリがない気もするが、この話こそ本当に本題から逸れるので、将来の誰かの為に取って おこう。

筆者も政治について読んだり考えたりするのは好きな方である。毎日ニュースには一通り目を通すし、時間があ れば、自分が住んでいる地域の政治的話題もググったりする。税金を納め、地域・ 国の構成員として暮らしている以上、いい方向に向かってほしいと思うし、常に全体最適化を求められる政治と いうプロセスそのものを面白いと感じている。

しかし、アメリカで、友人たちと政治の話をすることはまず無い。政治的な話題を振られた時には基本的に流そ うとするし、それでも意見を求められれば、曖昧に返事をしておく。

なぜか。政治の話をするなど、友人関係に於けるリスクでしかないからだ。

筆者の周りにいる人たちは、ほとんどが沿岸部のインテリである。沿岸部のインテリは99.9% が反トランプであり、もはやそこに議論の余地はない。ちなみに筆者はトランプ支持者ではないし、2016年もク リントンに一票投じた。ただ、今の民主党の考え方にも賛同できないところは多々あるとも感じている。これは おそらく筆者に限ったことではなく、多くの人にとって、政治的関心というのは一人一人少しずつ違うニュアン スを持つものであり、だからこそ討論されるものだ。が、今サンフランシスコやニューヨークで、もしトランプ の法案のひとつにでも賛同しようものなら、おそらくその人はトランプ支持者のレッテルを貼られ、社会的に弾 劾されるだろう。いわゆるオールオアナッシング状態である。先月、沿岸部インテリ企業の代名詞 Googleが社内での政治的な会話を控えるように促し、1ヶ月もしないうちに憲法違反だろーと政府から咎められる という壮大なアメリカンジョークに、アメリカの矛盾が美味しく詰まっている。

だから筆者は政治の話をしない。幸いそんな話をしなくても、友人たちとの話題には尽きない。しかし、あくま で筆者が選べるのは自分の言動だけである。SNSを開けば友人たちの政治的コメントが流れてくるし、会えばそ りゃあ聞かれることもある。そういう時には流すしかない。国民の義務より、コミュニティの形成員としての配 慮である。こう考えているのは、筆者だけではないと思う。そして、知らず知らずのうちに、議論は消え、二極 化が進み、大多数の穏健派は声を失っていく。

そう考えると、日本の人付き合いは楽だ。仕事やプライベートで、支持政党の話が上がることはない。いわゆる 意識の高い話も、抜き打ちで会話に登場する政治的審判に比べたら、はるかに向き合いやすい。意識の低い話な んて、心のマッサージである。皮肉っているわけでもなんでもなく、結果的に民主的システムの機能不全に歯止 めが効かないのであれば、日本の省エネアプローチも良いのではないかと。

政治への参加は、間違いなく民主制の骨子だ。ただ、政治への真の意味での参加は、投票することだけではない 。政治のあり方について、みんなが心置きなく話し合えるプロセスの方が、むしろ重要な筈で、投票はその結果 でしかない。その大事な民主的プロセスが崩れる音をアメリカの片隅で聞きながら、悟り切った日本人の政治的 無関心を、羨ましいとすら思うのである。

2019-09-23