2021-06-13

いまひとつの土曜日

昨日、運転する車の窓ガラスにオッサンの小便を浴びながら、色々と考えさせられた。

所用で房総の方に行った帰り、アクアライン経由で神奈川の方に戻ってくる時のことである。首都圏外、運転をしない読者のために説明しておくと、アクアラインというのは、千葉県の木更津と、神奈川県の川崎をつなぐ自動車道で、海ほたるという人工島を境に、千葉県側は橋架、神奈川県側はトンネルになっている。

総長15キロばかりのアクアラインだが、週末はとにかく混む。緊急事態宣言だろうが、まん防だろうが、お構い無しだ。狭い海中トンネルでの運転に慣れない人も多いのだろう。自然渋滞はもちろん、小さな事故はよく起きている。その度に狭い片道2車線は、駐車場と化す。

昨日のアクアラインも、ご多分に漏れず、渋滞だった。漏れそうだったのは、僕の車の前に乗ったオッサンの膀胱だったのだろう。木更津方面からアクアラインに乗り、中継点の海ほたるがまだ見えないくらいのところで、事件は起きた。前を走っていた黒いホンダFITの助手席から、彼は飛び出してきた。細い水色の横じまが入った黄色いポロシャツに、ぴったりしたジーパンを履いているチョイ悪系のオッサンは、真っ先に欄干に向かう。

おい、ここは東京湾のど真ん中だぞ。何をする気だ。車の中で何があったんだ。早まるなよ!ハンドルを握る手に力が入った。

…が、次の瞬間、僕の心配は杞憂に終わる。事もあろうか、オッサンは立ちションし始めたのだ。イチモツが我々ドライバーの目に入らぬよう、車の進行方向に向かって。

これには僕も驚いた。よほど我慢の限界だったのだろうか。少しずつだが進む車のバックミラーに、オッサンが映る。もちろんイチモツも映っているが、さすがにバックミラーだと細部までは見えない。代わりによく見えたのは、放出されている液体の方だ。

ここは東京湾のど真ん中である。風が吹いている。それも横殴りの強風が。

おっさんの小便も、横へ横へと飛んでいく。ちょうど南風が吹いていて、僕の車線は西から東に向かっているので、実質オッサンは、我々の車両に小便をかけていることになる。

ここで僕は重大なことに気づく。おっさんが、僕の目の前で車を飛び出し、欄干に向かい、飛び降りると見せかけて、立ち小便をし、その副産物が、南風に運ばれて、車両サイドに飛んでいることを。

つまり、僕の車には、おっさんの小便がふんだんにかかっていることを。

おそるおそる車の左サイドの窓を見ると、水滴がついている。今日は快晴、空から水滴らしきものは、粒ひとつ落ちてきていない。つまり、この水滴は、99.99%、おっさんの老廃物である…

茫然とする僕の前を、男性が走っている。さっきのオッサンである。膀胱を空にした彼は、黒いホンダFITに乗るべく走っているのである。ここで、オッサンのジーパンがくるぶしを見せるスタイルで、ノーソックスのローファースタイルなことに気づく。イタリアンファッションのちょい悪オッサン。渋滞で逃げ場のない赤の他人の車に、悪びれもせずに小便をひっかけて走り去る、ちょい悪オッサン。

窓を開けていなかったことを不幸中の幸いとし、そのまま帰路についたのだが、何事もなかったかのようにFITに乗り込むオッサンを見て、色々と考えてしまった。

あのオッサンは、アクアラインに乗る前にトイレに行けなかったのだろうか。アクアラインの混雑状況は、乗る何kmも手前からわかるよう、ありとあらゆる電光掲示板に書いてある。何も考えずにアクアラインに乗り、尿意に身を任せるのは、いくらなんでも非常識だ。こういうオッサン・オブ・オッサンな行為をするオッサンがいるから、僕らオッサンが…

というか、あんなに颯爽と走れるなら、走って海ほたるまで行って用を足せば良かったのではないか。それとも颯爽と走れたのは、膀胱が空になったからなのだろうか。

百歩譲って、立ちションそのものを許したとして、なぜ彼は他の人の車に小便をひっかけて良いと思ったのだろうか?ポリ袋やペットボトルのひとつくらい、車内になかったのだろうか?ひょっとしたらオッサンは、エコ意識が非常に高い御人で、プラスチック容器などひとつも車内にないのかもしれない。車もホンダFITだし…

ひょっとしたら、彼は病を抱えていて、頻尿なのかもしれない。でも頻尿なら、なぜ混むことが容易に想像される土曜日のアクアラインに乗るのか。ぐるっと東京側を迂回すれば、いくらでもトイレはあっただろうに。

何よりも気がかりだったのは、このにわかイタリアンファッション小便垂れ流しクソジジイが、当然のごとく立ちションをし、誰に謝るわけでもなかったことだ。車に小便をかけられるのはまだ良い。あの前後数車両の中に、若い家族連れがいたとして、もし事の一部始終を子供が見ていたとしたら、その親は何と思っただろう。

日曜日の夕方、車を拭いたタオルの茶黄色いシミを見る僕の頭には、浜田省吾の「もう 彼のことは忘れてしまえよ」がこだまする。

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