2020-06-06
「以上現場からお伝えいたしました」
先週末、久しぶりに長めのジョギングに出かけた。
ランニングシューズを履き、350ml容量の水筒を片手にエレベーターに乗る。エレベーターでは犬とおじさんと乗り合わせる。これから夕方の散歩なのだろう。もちろんお互い無言だし、お互いマスクをして、1階に着くのを静かに待つ。気のせいかもしれないが、このマンションのペットたちも、この数ヶ月は人間と同じくらい神妙だ。
ロビーを小走りで駆け抜け、路上に出る。初夏の暖かい風が吹くサウスマンハッタン。知り合い曰く、ニューヨーク市で一番コロナ的に安全らしい。そもそもそんなに人間が住んでないから、だそうだ。いずれにせよ、幸運なことだ。
いつも通り、ブロードウェイまで出て、フェリー乗り場を目指して走り始める。緩やかな下り坂だ。ちょうどBroadwayが終わるところで、少年がiPhoneで何やら撮影しており、フレームに入るまいと足を留める。すると、右後方から、もう一人の少年がスケートボードに乗ってやってくる。次の瞬間に50cmほど飛び上がったスケートボードは、惜しいところで階段の段差に引っかかった。
— Man!
カメラマンと役者が同時に悔しがる。カメラマンの方が、僕の方を向き、申し訳なさそうに呟いた。
—Thank you sir...
— Can I proceed?
— Yes.
— Thanks!
14、5歳くらいだろうか。緑のストライプを入れた一丁前のアフロと、まだまだ少年の体格。彼らも多くのアメリカ人の少年少女のように、中学という暗黒時代を生きているのだろう。COVID19で学校に行けないことは、教育という意味ではマイナスかもしれないが、中学というクソドラマが短縮されることは、不幸中の幸いか。
ブロードウェイを抜け、Bowling Greenの駅前を過ぎると、Battery Parkに出る。暖かいこともあり、結構な数の人が出歩いている。アイスクリーム屋台の前にできる列。間隔こそ空けられてないが、7割方はマスクをしている。アメリカ人にしては頑張っている方だ。
屋台の後ろにそびえる高層ビル郡たちの隙間を、空が青く埋める。今日はElon Musk率いるSpaceXが民間初の有人ロケットを打ち上げた。タイミング良くプレイリストでかかる荒井由美の「ひこうき雲」を歌うハンバート・ハンバートの歌声は、穏やかながらも凛としている。
空に憧れて
空をかけてゆく
もしいつか、ガンダムよろしく本当に人間が地球の外に住むようなことがあれば、その時はコロナウイルスと非生産的な偏見は、地球に置いていってほしい。
500mほど北に走ったところで、前の方から少年5人が、CitiBikeに乗ってやってくる。週末の気晴らしだろうか。見た目と雰囲気からして、おそらく遊歩道をはるか北に行き、橋を渡ったあたりから来た子たちだろうか。彼らなりにとんがった髪型と服装をしているつもりでも、あんなに優しい目をしていたら、迫力も何もない。
ちょうどChambers Stに差し掛かる頃、金属音が全方向から鳴り始める。19時の合図だ。医療関係者を労うため、窓を開けて各々の応援歌を演奏する。横断歩道にいたカップルも、買い物帰りの手提げ袋を二の腕までずらし、あいた掌を合わせ、ゆっくりと拍手をする。その横を僕は走り抜け、さらにその横を、Grubhubの出前バッグを載せた配達員の自転車が駆け抜ける。配達員はほとんどヘルメットをしていない。車の往来が戻りつつある今、少し心配になる。
もう少し北上したところで、West St沿いの自転車道を走る。その一本外側がハドソン川遊歩道なのだが、遊歩している人間が多すぎて、走るとSocial Distancing的な迷惑をかけるので、自転車道を走るようにしている。今日は自転車も多いので、レンガ畳の側道のところを走る。少しボコボコで走りづらいが、クロスカントリーの練習だと思えば悪くない。
ふと対岸に目をやると、レストランの前に人だかりができていた。おそらくテイクアウト待ちの人たちだ。コロナ禍でも繁盛するお店があることを嬉しく思いつつも、人だかりを見るとギョッとしてしまうようになった自分に気づく。
自転車道の方も混み始めたので、West Stを渡り、West Villageに向かって走る。相変わらず人の往来は少ないが、少しずつ命が戻りつつある。ホームレスのおじさん3人が楽しそうに話している。恋人同士が手を繋いで歩いている。サーフィング帰りの若い女性2人が、路駐した車からボードを下ろしている。スクーターに乗った男女が、そんな街の風景をiPhoneに収めながら通りすぎる。
Canal Stを渡るところで、前から大きな布マスクをして歩いてきたおじさんと目が合う。距離を保つため、お互い少し反対方向にベクトルを向ける。物理的距離を保てと言われている以上、これはお互いやるしかないのだが、どうしても変な感じがする。
コロナの前はよく買い物に来ていたWhole Foodsの前を通る。この数ヶ月で初めて、店の前に誰も並んでおらず、中で自由に買い物をしていた。それだけ買い溜めが減ったのかもしれない。そう言えば、一時期はトイレットペーパーよりも品薄だった小麦粉も、また店頭に並んでいたなあと思いながら、最後の1kmをペースを上げて帰宅した。
👟👟👟
それから3日後、ちょうど同じくらいの時間帯に、また走りに出た。その間にSoHoはボロボロに荒らされ、門限が敷かれ、大統領がめちゃくちゃなことを言い、Whole Foodsですら木板で覆われた。でも、ホームレスのおじさんたちは楽しそうに話しているし、レストランの前ではテイクアウトを待つ若者が(親)密だし、19時には窓が開き拍手と歓声が聞こえるし、前からくるおじさんはサッと避ける。少年たちは外で初夏を謳歌しているし、若い母親は不安そうに警備にあたる若手警官に労いの言葉をかけるし、デリバリーの配達員は、今日も次の注文に、明日の生活と命を賭ける。
この街は、今日も一生懸命に生きていて、そこには、SNSでバズる30秒のショートビデオにも、お節介なモラル請負人となったマスコミにも映らないリアルがある。