2011-10-30
TPPとOWSとAMZN
TPPの話で日本は盛り上がっているようだ。賛成か反対か語れるほど詳しく知らないので、つらつらとオンラインで読むに留まっていた。こちらアメリカでは、Occupy Wall Street略してOWSが注目を集めている。いろいろと報道されているが、要はウォール街の金持ちに対して職にあぶれた人たちや、高い理想をかかげた学生などがデモを起こしている。これも実態が把握できないので、テキトウにニュースを読むに留まっていた。今のところ一番ウケたのは、大金持ちのジョン・マッケイン議員の娘がOWSのデモに参加しているってことだ。貧乏人たちのためにご苦労なことである。
そして一昨日はてブを眺めていたら、Amazonが日本の各出版社に突きつけた電子書籍に関する契約がヒドいという記事があった。まあ出版社の叫びが聞こえるが、まとめると「Amazonフザケンな」だ。これを読んだ時、TPPとOWSに関して今までモヤモヤしていた何かがわかった気がした。
TPP・OWS・Kindleの日本市場介入、この3つに共通して言えるのは、どれも根本的な問題から焦点がずれている気がするのだ。結論から言えば、こういうことだ。
- TPPの根本的な問題は、農業の未来を考えてこなかった日本の政治家1。
- OWSの根本的な問題は、優秀な外国人と張り合える人材を量産できる教育システムを作ってこなかったアメリカ政府。
- Amazon黒船の根本的な問題は、電子書籍に能動的に取り組んでこなかった日本の出版社。
まずTPP。本質的な問題は、TPPへの参画により、日本の農家が打撃を受けることでも、自由貿易になれば日本の輸出が伸びるという話でもない気がする。大分前から、日本の農作物は、単純なコストパフォーマンスという観点からは中国やアメリカには勝てないということがわかっていたはずだ。それを今まで関税をかけるという安易な方法で守ってきた日本の政府の怠慢と計画性のなさの方が、本質に近い気がする。
勘違いしないでほしいのは、日本の農家は終わりだと言っているわけではない。フルーツにしても野菜にしても、日本の農作物は質が高い。アメリカに来て12年が経つが、今でも、アメリカのどのイチゴよりもトチオトメは美味いと断言できる。化学肥料ばりばりのアメリカや、なにをしているのかわからない中国よりも、はるかに安全でもある。でも、べらぼうに高いことも事実だ。そりゃそうだ、土地も少なく、労働力も安くない日本である。でも、その値段に見合ったクオリティの農作物を、日本の農家はがんばって作ってきた。
しかし今は不景気で、高い上等なものより安いものと考える消費者が増えている。そして、そう考える人が増えれば、自然と安い輸入ものを買う人が増え、日本の農家の未来が危うくなることも、すぐわかることだ。それなのに、日本政府は随分と長い間、農業に従事している人たちの将来を真面目に考えてこなかった。未来の明るかった昔の日本なら、関税を押し通してもよかったかもしれない。でも円高で輸出が伸び悩んでおり、中国や韓国にその地位を脅かされつつある今、日本は「輸出してやる」立場から「輸出させてもらう」立場になりつつある。そんな国に関税を押し通すだけの威厳はない。TPPを肯定しても否定しても、日本はどうしようもならないところに来ていて、そういうところに日本を持っていった政治家たちのほうが、本当の問題じゃなかろうか。
次にOWS。これも、本質的な問題はウォール街ではない。Chikirinも書いているいるように、今、アメリカで淘汰されている人たちは、グローバル化の波のの中で泳ぎ方を知らずに溺れている弱者だ。自分たちの職が外国人に奪われたからといって金持ちを非難するというのは、アメリカ社会の哲学から程遠くかけ離れている。実力と根性がある人たちにはチャンスを与えてきたのがアメリカだ。もちろん人種や性別による差別はいくらでもある。でも努力しまくれば差別の壁をぶち破れるのがアメリカで、この不況にも関わらず、ウォール街でもシリコンバレーでも、国籍を問わず優秀な人材は引っ張りだこだ。OWSでデモをしている人たちは、社会が必要としている能力が欠如しているから職にあぶれているということを自覚すべきだ2。
あまたのアメリカ人が職にあぶれている現実--これこそがOWSの本質的な問題だ。これには様々な理由があるだろうが、根本的な問題は教育システムにあるとぼくは見ている。平均をとると、アメリカの初・中等教育は悲しいほど悲惨だ。まともに教育をうけてないアメリカ人が、きちんと教育をうけた外国人に席をとられるのは当たり前である。今までいくらでも機会があったのに、州も国も教育を軽んじてきたツケが今来ている。
最後にKindleの日本参入。さっきの記事から引用すると
アマゾンは今のところ、作家への個別交渉は行っておらず、電子書籍版の印税も出版社任せになるようだ。しかし、電子書籍化することで、より多くの印税を得ることができ、実際にヒット作も出てくる状況になれば、旧来型の出版社から作家が次々に流出する可能性がある。そうなると、全国の出版社や書店は、アマゾンに圧倒されてしまう可能性すらあるのだ。
ということだそうだ。これは出版社は慌てるに違いない。だがちょっと待て。ここでAmazonに文句を言うのは的外れではなかろうか?確かにAmazonは日本の出版社にとって不利な要求を突きつけている。でも別に、Amazonと提携することを強要しているわけではない。そんなことはどっちみち不可能だ。日本の出版社が、Amazonはボッタンクリだと思うのであれば、一緒に仕事をしなければいいだけの話だ。その結果、作家が直接Amazonと契約するようになったとしても、それが市場というものである。
この件での本質的な問題は、Amazonの残酷でアグレッシブな要求ではない。電子書籍のマーケットに対して深く考えず、リサーチと準備を怠ってきた日本の出版社たちだ。Kindleが発売されたのは、4年も前で、その前からも、Eリーダーそのものについては何年も研究がなされている。それだけの時間があったのに、自分たちで電子書籍のマーケットを構築してこなかった結果、日本の出版社たちはAmazonの一挙一動に戦々恐々とする事態に陥っている。出版社たちが、Amazonの法外な要求にぶつくさ言うのは別に構わないが、文句を言いたくなる現状を招いたのは自分たちだということを理解したほうがいい。
三者に共通していること、それは思考の短絡さだ。TPPを巡る攻防では、協定そのものを責めたり安易に農家を犠牲にしようとしたり、OWSに関して言えば、自分たちが金がないからといって金持ちを責める。電子書籍を巡る議論などは、自分たちが努力を怠っていながら、画期的なプラットフォームを構築したAmazonを黒船に例え批判する。なんだか悲しいものである。