2011-10-08
バイシクル・アウトフィッター
この前、自転車のギアの調子が悪くなった。
前に3段階、後ろに7段階のギアがついているのだが、とにかく前のヤツがダメだ。第二ギアから第三ギアには10回ギアシフトを試みて一回成功するかどうかで、ギアにばかり注意がいってしまい前方不注意で危ないので、修理に出すことにした。
お店の名前はバイシクル・アウトフィッター、ぼくがこの自転車を購入した店だ。最寄りのお店だし、ちょっとしたことならタダで看てくれるので、気軽に立ち寄れるのだ1。
自転車を降り、ぼくはお店に併設してある修理部門の方のドアをくぐった。
「どうしたんだ?」
しゃがれた声で、店員が声をかけてきた。白髪まじりの赤く日焼けした白人のオジサンで、年齢は40代半ばくらいだろうか。膝が隠れるくらいのジーンズは自転車のオイルで黒ずんでいて、肩まで袖をまくり上げたTシャツには、白抜きで"Bicycle Outfitter"と入っている。眼鏡は汗でくもり、その奥のダークブルーの目は怪訝そうにぼくを見ていた。
「いやあギアの調子が悪くて前のギアがうまくシフトしないんです」「急いでるのか」「いや」「何分待てる」「20−30分なら」「わかった」
わかったと言ったはいいが、ぼくの自転車を看る様子は全くない。お店まで自転車をこいできたからか、喉が渇いた。お店サイドに水飲み器があったことを思い出し、自転車を預けてお店の方にいった。
小さめの紙のコップで三杯水を飲み一息ついた。バイシクル・アウトフィッターには、実にいろいろな自転車関連のグッズが置いてある。自転車用の通気性の高いシャツや、お尻にパッドの入ったスパッツ、軽量魔法瓶や何種類もあるチューブ。水飲み器の横にも携帯用の空気ポンプが売っており、持っていないので買うことにした。山の方でタイヤがパンクして空気ポンプがなかったら悲惨だもんなあ。
空気ポンプのお金を払った後、まだ時間があるので、本のコーナーに行き、自転車関係の本を少し読むことに。「ベイエリアの自転車ルート」という本をパラパラとめくると、今までに行ったことのあるルートもちらほら出てきた。モンテベロと題されたルートには、ぼくがいつも途中で挫折する上り坂が含まれていた。その上り坂は自宅から結構離れているので、到達する前に脚力を使い果たしてしまう...というのは言い訳にすぎない。多分自宅のすぐ目の前にあっても到底登りきれない急坂だ。その坂についてはこう書いてあった。
「この坂は少し急です。でも焦らずギアを落としてがんばれば大丈夫!」
全然大丈夫じゃねえんだよ。一番下までギア落としても毎回ダメなんだって。
本に無言でツッコんでいるうちに20分経った。「ベイエリアの自転車ルート」を棚に戻し、修理部門のほうまで戻ると、さっきのオジサンが、カウンターの向こうで、ぼくの自転車を修理用の台から下ろしていた。作業はもう終わったみたいだ。
オジサンは自転車を引きながらぼくの方に歩き出したが、ふと止まると、サドルの下に装着してあるポーチを外し、付け直した。そのポーチ、玄人の友人に勧められて買ったはいいが、イマイチ付け方がわかっていなかったので、恐らく間違っていたのだろう。再装着されたポーチは、前よりも様になっていた。
「リミットネジがな、緩んでた」
オジサンはいきなり切り出した。そもそもリミットネジってなんだよ。
「リミットネジってなんですか」「リミットネジってのは、このギアについてるやつだ」
おじさんが指差したのは、チェーンホイールの近くにある「いかにもギアです」みたいな金具から二つ目玉のように飛び出ているネジだった。
「誰がこの自転車触ったか知らんが、リミットネジが緩んでちゃダメだ。ギアシフトなんかできるわけがない」
まるでぼくが怒られているようだったが、はあと相槌をうった。
「ネジ閉めたからもう大丈夫だ。そんじゃあな。」というと、オジサンはカウンターの奥に戻り、次の自転車にとりかかった。どうやら今日の修理もタダだったみたいだ。
ぼくは、先ほど購入した携帯用空気ポンプを左手に持ち、自転車にまたがった。数回ペダルをこいでみて、早速フロントギアのシフトを試みる。カラカラカラ...ガッチャン。上手くいったではないか!
よっしゃーオジサン最高!
高テンションでミラモンテ通りを下る。風が涼しく心地よい。その時ふと、ハンドルの右側の末端に新しいキャップがはめ込まれていることに気がついた。
ロードバイクのハンドルというのは、グニャグニャ曲がっているけれど、基本的には一本の筒だ。筒なので、当然、左右の端っこにはぽっかり穴が空いており、買った時には左右ともプラスチックのフタで栓がしてあった。が、段差を降りた時に右側のフタだけポーンと飛んで、なくなってしまったのだ。当初は対称性が崩れたことにちょっとイラっときたが、別にフタをしていないからといって、自転車の機能に影響するわけでもないので、そのままにしておいた。どうやらオジサンがそれに気づき、スペアのフタをつけてくれたのだ。ぶっきらぼうだったが、細かいところまでチェックしてくれていたというわけだ。
かゆいところに手の届くサービスが徹底されている日本では、こんなことは当然なのかもしれない。でも、レシートをチェックしないと二度同じ商品を課金されたりするのがアメリカだ。レストランに行ったりタクシーに乗ると、サービスの質に関係なく10−20パーセントかお金を渡すことが暗黙の了解となっている。本来チップというのは、このオジサンのように相手を思いやるサービスを施した人を労う行為のはずなのに、大抵のサービス業者はチップはもらって当たり前だと思っている。そんな国に12年も住んでいるから、なおさらオジサンの心遣いが嬉しかった。と同時に無料のサービスに甘え、チップを置いてこなかったことをモウレツに恥ずかしく感じ、今度お店に立ち寄ったら必ずチップを置こうと決めた。今回の分も上乗せして。
オジサンありがとう。
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別のところで買った自転車でも大丈夫だ。
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