2014-03-23

AをするためにBをする、ということ

先月、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスについて書いたNew Yorker誌の記事を読んだ。創業まもなくの頃のベゾスに関するエピソードが面白かったので、引用する。

In 1995, in Chicago, Bezos manned an Amazon booth at the annual conclave of the publishing industry, which is now called BookExpo America. Roger Doeren, from a Kansas City store called Rainy Day Books, was stopped short by Amazon’s sign: “Earth’s Biggest Bookstore.” Approaching Bezos, he asked, “Where is Earth’s biggest bookstore?”

“Cyberspace,” Bezos replied.

“We started a Web site last year. Who are your suppliers?”

“Ingram, and Baker & Taylor.”

“Ours, too. What’s your database?”

“ ‘Books in Print.’ ”

“Ours, too. So what makes you Earth’s biggest?”

“We have the most affiliate links”—a form of online advertising.

Doeren considered this, then asked, “What’s your business model?”

Bezos said that Amazon intended to sell books as a way of gathering data on affluent, educated shoppers. The books would be priced close to cost, in order to increase sales volume. After collecting data on millions of customers, Amazon could figure out how to sell everything else dirt cheap on the Internet.

「地球最大の本屋」。1995年シカゴ—BookExpo Americaの前身となる、出版社が一堂に会する年一度の巨大イベントでのできことである。カンザスシティでRainy Day Booksを経営するRoger Doerenの目にとまったアマゾンの看板には、そう書いてあった。Doerenはベゾスに歩み寄り、こう聞いた。「地球で一番デカいお前の本屋はどこにあるんだ」

「サイバースペースだ」とベゾスは答える。

—うちらも去年ウェブサイトを立ち上げたよ。お前、どっから卸してる?
— IngramとBaker & Taylorだよ。
—うちらもだ。データベースはどれだ。
— Book in Printだよ。
—これもうちらと一緒だ。だったら何でお前のが地球最大なんだよ。
—アマゾンは世界一アフィリエイトリンクがある。

Doerenは少し考えてから聞いた。「お前のビジネスモデルはなんだ」

ベゾスは、本を売るのは、教育レベルの高い富裕層に関するデータを集めるための手段だと答えた。アマゾンではコストすれすれに値段設定をすることで、まずは売上量を増やすのだと。ひとまず顧客に関するデータを集めてさえしまえば、アマゾンは他のものでも破格の値段でネット販売できるのだ、と。

それから20年弱が経ち、実際アマゾンはEコマースの覇者となった。そして、今同じことをソフトウェアインフラという別の分野で試みている。

このベゾスの逸話みたいな話を、ぼくは「AをするためにBをする」と呼んでいる。なんかもったいぶった表現だが、要は「Aという最終目的を達成するために、Bという一見違ったことをやる」ということだ。ベゾスの場合、

  • A=オンラインで買い物をする人たちのデータを把握するために
  • B=まずは教育レベルの高い富裕層のデータを集めるために、ネットで本を売る。

というわけだ(まあその先に、データを使ってコストを下げまくってEコマースの市場を独占する、という最終ゴールがあるのだが)。

ベゾス先生の千里眼恐るべしというわけだが、別に世界征服を狙っていない人でも、この「AをするためにBをする」という考え方は有用である。いや、むしろベゾスと正反対の、意識が弱く怠け者な人ほど、「AをするためにBをする」ことをおススメしたい。

やり方は至極カンタンである。ベゾスネ申の場合、

  • A=最終目的
  • B=それをカモフラージュする手段

だったが、我々愚民の場合、

  • A=意志薄弱で達成できていないゴール
  • B=それを副産物に持つ、比較的ラク、あるいは自分の潜在欲求を満たす行動

という風に置き換わる。これだけだと抽象的なので、ひとつ自分自身の例を紹介したい。

早起きするために泳ぐ

ぼくは朝が苦手だ。グッドモーニングとか表現としてまじありえないし、できることなら一日ずっと寝ていたいのだが、社会人である以上そうもいかず、頑張って10時には起床、10時半から11時くらいの間に出社していた。が、去年の8月、同じチームにすごい朝型の人が入ってきた。毎朝5時起床とのことで、午前8時には必ずオフィスにいるのだが、出社が早いこともあって、午後5時にオフィスにいることは稀だ。同じチームなので、一緒に仕事もするし、ミーティングもある。今までのぼくの出社時間だと、彼とのミーティングのスケジュール調整が難しい。「もっと遅く出勤してよ」というのも論理的には可能だったが、社会人常識的にオカシイ(というか社内で賛同を得られない)ので、自分が9時から10時の間に出勤することにした。

だが、言うは易しである。そう簡単に睡眠スケジュールをずらせるわけがない。何日か早めに就寝を試みたが、結局寝付く時間は変わらず、早めにセットした目覚ましも盛大に寝過ごし、まったく変化が見られなかった。これではマズいということで、少し発想を変えることにした。

「朝早く起きる」ことは諦め、「夜眠くなるにはどうしたらいいか」考えることにしたのだ。ひとつはコーヒーを断つことだが、そんなことしたらアタマがぼーっとして仕事にならない。いろいろと考えているうちにふと閃いた。そうだ、運動をすればいいのだ。一日おきくらいに適度な運動をすれば、程よく体が疲れて寝れるのではないだろうか。

ただここに来て大きな問題が—ぼくは運動が嫌いなのだ。いや、正確に言うと、運動をして痛かったり、息苦しくなったり、汗まみれになったりするのが大嫌いなのだ。過去にもランニングに挑戦したことがあったが、やっぱり息苦しいのと、足が痛いのと、汗だらけになるのが嫌で一か月で辞めてしまった。「何か息苦しくなくて、痛くなくて、汗だらけにならない運動ってない」と知り合いに冗談半分で聞いたところ、水泳を勧められた。なるほど、確かに水泳って、贅肉に水着が食い込んだおばちゃん達が、マイペースで気持ちよさそうにやっているイメージがある。浮力も働くから膝とかも傷めずにすみそうだし、何より汗をかいても水で流れてしまう。

そうか、水泳か!ぼくは嬉々としてスポーツクラブに入会し、水泳を始めることにした。去年の9月のことだ。

しかしもう一つここで重要なことに気づく。続けて泳ぐだけ意志が強くないのだ。100メートルくらい泳ぐと、適度に息があがってしまい、あとはプカプカ浮いてたりするだけである。これでは全く運動にならないし、会費がムダである。

ということで、自分にこう催眠をかけることにした。「毎回、前回よりも1ラップでも多く泳げると、お腹の贅肉が落ちる」と。以前知り合いに、「思ったよりもお腹に贅肉がついててワロス」と言われたことがあり、お腹の贅肉に関して、ぼくの脳味噌は相当敏感である。お腹の贅肉が減るならちょっとくらい息苦しくても、もう1ラップ泳いでみせるぜ、ってわけだ。

アホみたいな話だが、この自己催眠が功を奏したのか、今では1500メートルくらい泳げるようになった。そしてやはり1500メートルも泳ぐと疲れるもので、0-1時就寝、8時起床という、自分的には奇跡に近い朝型人間へと様変わりしたのだ。ぼくの朝型同僚も気づいたようで、「以前より出社が早くなったな」と言っていた。

何ともグダグダな話だが、纏めるとこんな感じになる。

  • A1=朝型の同僚に合わせて出社時間を早めるために
  • B1=就寝時間を早める
  • A2=就寝時間を早めるために
  • B2=自分にあった運動をして適度に疲労するようにする
  • A3=自分にあった運動が続けられるように
  • B3=自分のコンプレックスにまつわる自己催眠をかけて、明確な目標を達成するようにする

というわけだ。

しかしこの話の何が素晴らしいって、まったくお腹の贅肉が落ちていないことである。どうなってんだ、おい。

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