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Instagramの創業者たちに学ぶこと

インターネット業界での今週一番の話題は、間違いなくFacebookによるInstagramの買収だろう。買収額は株式と現金で10億ドル(800億円)と言われ、Facebookの企業買収としては、最高規模だ。収益ゼロにも関わらず、うなぎ登りのユーザー数で話題を席巻し、あっという間に巨額で買収されるにいたったInstagramのシンデレラストーリーは、6年前に似たような経緯でGoogleに買収されたYouTubeを彷彿させる。

シリコンバレーは内向きで偏った場所なので、連日この買収劇の話題だ。誰が会社の何パーセントを持っていたんだ。5000万ドルの資金調達の直後に買収されるということは、誰かが裏で糸を引いていたんじゃないか。Facebookに買われてしまったInstagramの将来はどうなんだ。個人的には、勇気を持っていいアプリを作り、それがうまいタイミングで評価されたって話でいいじゃんというところだが、いろいろとニュースを読むうちに、2、3思うことがあったので、書いておこうと思う。

コードが書けると(テクノロジーの世界では)起業しやすい

Instagramは、Kevin SystromとMike Kriegerという二人のスタンフォード大学の卒業生が始めた会社だ。SystromはGoogleで2年あまり経験を積んだあと、Nextstopというスタートアップでマーケティングの仕事をしていた。昼間マーケティングの仕事をする傍ら、独学でプログラミングを覚え、その過程で作ったのが、ネットに写真をアップロードし、共有できるアプリだったらしい。これを友人たちや投資家に見せたところ、まわりが興味を示し、資金を貰うことになったので、Nextstepを辞めることにした。実はこの時点で作っていたのはInstagramではなく、Burbnというアプリで、写真はアップロードするものではあれ、エフェクトをかけるものではなかったそうだ。そのSystromが、当時インスタントメッセージの会社Meeboで働いていたKriegerにひょんなきっかけで会い、Burbnのプロトタイプを見せたところ、Kriegerが興味を持ち、結果的に一緒に会社を興すことになったらしい。Burbnの開発を二人でする過程で、ひょっとしたら写真一本、それも写真に自在にエフェクトをかけることに専念した方がいいのではという結論になり、8週間の開発期間を経て誕生したのがInstagramだ。そっからさきは周知のとおり、ひたすらユーザー数が増え続け、2011年のiOSアプリ・オブ・ザ・イヤーに輝くことになる。

ここで大事なことは、Systromが独学でプログラミングを覚え、プロトタイプを作ったということだ。百聞は一見にしかずというが、いろいろとごたくを並べるよりも、ひとつ製品にした方が、資金を調達するにしても、友達を巻き込むにしても、圧倒的に説得力がある。素晴らしい机上の空論よりは、泥臭くても手にとって動かせるものというわけだ。テクノロジーの世界でのプロトタイプというと、やはりソフトウェアなので、プログラムが書けないとなかなかプロトタイプは作れない。プログラムが書ける友達に頼んで作ってもらうことも可能だろうが、やはり自分で開発できるに越したことはない。プログラミングそのものは、そこまで難しいことではないが、一人でプロダクトのコードを書ききるのはそう簡単なことではない。Systromが圧倒的にすごいのは、経験が少ないなりに、とにかく自分でプロトタイプを作りきるガッツがあったことだ。

技術の世界で起業したければ、コードを書くことだと思う。最近だと、Wantedlyの仲さんの話が記憶に新しい。難しいシステムプログラミングの話だとか、コンパイラの設計とかなら別だが、ウェブやモバイルのサービスのプロトタイプを作るのに、文系や理系、賢さや飲み込みのよさなんかは二の次で、やる気と興味があればどうにでもなる。

CSを知っているとか、すごいプログラマーであることは、利点の一つでしかない

Systromが独学でプログラミングを覚えたといったが、Mike Kriegerもコンピューターサイエンス専攻ではない。彼の専攻はSymbolic Systemsという、情報学や言語学、哲学や認知心理学がごっちゃになった多分野をまたぐ専攻で、彼自身はHuman Computer Interactionを勉強していたそうだ。もちろんその過程でプログラミングのクラスは取っただろうが、Instagramを始めた時点ではLinuxのシステムコールに関してはほとんど無知だったらしい。Instagramを運営する過程で、必要に応じて覚えていったというわけだ。

僕自身は一応修士でComputer Scienceを学んだが、正直ウェブやモバイルのプログラミングをするうえで、Computer Scienceの知識というのは「あれば得かもしれない」レベルのものだと、常々思っており、Instagramの共同創業者たちの話がそのいい例だと思う。SystromもKriegerも、それはそれは賢い人たちだろうが、プログラミングひとつをとれば、彼らを遥かに凌駕する人たちはそこらじゅうにいるのだ。もちろん技術力があるに越したことはないけれど、別に凄腕のプログラマーでなくても、諦める必要はない。

「何をしているか」より「どこにいるか」

Instagramが最初にスケーリングの問題にぶち当たった時に、Systromが電話をかけたのが、元FacebookのCTOで、Quoraを運営しているAdam D'Angeloだったそうだ。Systromはスタンフォードの学部時代に、D'Angeloと知り合い、その後も交友を続けてきた。「サービスが刺さって困ったなあ。僕の知り合いで一番賢い人は誰だ。そうだAdamだ。」ということで電話をかけたところ、快く相談に乗ってくれ、様々なスケーラビリティに関するアドバイスをくれたそうだ。

ちょっとお金の話になるが、D'AngeloはInstagramのSeries Aの資金調達に参加している。もう一人個人投資家としてSeries Aに参加したのが、Twitterの発案者であるJack Dorseyだ。実はSystromは学生時代、Odeo社でインターンをしている。ご存知の方もいるだろうが、Odeoは、Twitterの前身となるポッドキャストの会社で、Twitterは、エンジニアをしていたJack Dorseyのサイドプロジェクトだった。ポッドキャストが金にならないということが明確になり、Twitterに蔵替えしたというわけだ。この事実と、Jack DorseyがInstagramのSeries Aに参加していることは、無関係ではないだろう。

そして先にも書いたように、Kriegerもスタンフォード大学卒で、Systromの2学年下となる。

なんでこんな話をするかと言えば、Instagramの成功を考えるうえで、「場所」の重要性は外せないと思うからだ。もちろんシリコンバレーという地理的な「場所」もそうだが、スタンフォードという「場所」、FacebookのCTOと知り合うバーティーという「場所」、Twitterの発案者と一緒に働くという「場所」。シリコンバレーが自由でオープンだというのは、所詮建前で、やはりスタンフォードだのMITだのの名前を振りかざせば、それだけ開く扉も多い。もちろんそういった恵まれた「場所」にいても、何もしなければ結果はついてこない。でも、スタートする「場所」が違うだけで、同じゴールでも、必要とされる努力と運は大きく異なる。日本の片隅にいる凄腕ハッカーよりも、スタンフォード大学でコンピューターと無縁の勉強をしている学生の方にスポットライトが当たる。不公平かもしれないが、それがシリコンバレーの現実だと、Instagramの買収を見て再認識させられた。どうにかしてスタンフォードの学生になることが、シリコンバレーでの成功への最短距離というのは誇張かもしれないが、あながち嘘ではない。

断っておくが、SystromにしてもKriegerにしても、スタンフォードを卒業した「だけ」の人たちでは決してない。2人とも、Mayfield Fellow Programという、スタンフォードの学部で12人だけ選ばれる通年の起業プログラムに参加しているし、 SystromはManagement Science & Engineeringという専攻で主席だったそうだ。ただ、全く同じスペックの2人が日本で出発していたら、なかなか2年で800億円というわけにはいかないだろう。「何をしているか」の価値がゼロということではなく、それだけ「どこにいるか」の価値が大きいということだ。

まとめると

日本にいて、いきなりスタンフォードやらMITに行くというわけにはいかないだろう。ただ、技術力はいくらでもつけられるし、また技術力がある人たちは、いかにしてそれを世界に発信できるかを考えてほしい。スタートアップの成功の話を聞くと、大方お金やプロダクトの話になってしまうが、本当に学べる要素があるのは、お金なりプロダクトにいたるまでのプロセスの方だと思う。


今日書いた話のほとんどはInstagramの創業者たちのプレゼンQuoraに書いてあったSystromの文章がベースになっている。

2012-04-10