2012-03-07
空港のスタバにて
南カリフォルニアにあるJohn Wayne空港のスターバックスで、アイスコーヒーを頼んだ時のことだ。
ぼくのオーダーをとったのは、恰幅のよい、スキンヘッドの、白人の兄ちゃんで、身長は170センチ、年齢は20代後半といったところだろうか。慣れたレジ打ちの手つきを見る限り、古参の店員か、店長だろう。名札にはヴィンスと書いてあった。ぼくが渡したクレジットカードをカードリーダーでスワイプしながら、もう1人の店員にオーダーを告げた。
「グランデアイスコーヒー。砂糖無しね。」
もう1人の店員は、20そこそこの痩せたヒスパニックの男の子で、10センチほどの髪の毛はジェルで固められ、ハリネズミのようにツンツンしている。名前は覚えていないので、ロナウドということにしよう。冷蔵庫の扉に手を伸ばしかけたロナウドが発した次の一言に、ぼくはおったまげた。
「てかアイスコーヒーってどうやって作るんすかね。」
おいちょっと待て。お前は仮にもスタバで働いているんだぞ。アイスコーヒーくらい作れるだろ。というかそれがお前の仕事だ。
「そのカップいっぱいに氷を入れてコップに注げ。冷やしたコーヒーは冷蔵庫に入っているから。」と、ヴィンスは何事もなかったかのように指示した。
ロナウドはおもむろにカップを手にとり、氷がぎょうさん入ったコンテナにカップを持った手を突っ込み、言われたとおりカップいっぱいの氷を掬いあげ、それをざざーっとグランデサイズのコップに注ぎ込んだ。氷が溢れ出て、ステンレスのテーブルにこぼれ落ちた。
「こんなんですかね。」「そうだ。」「後はコーヒーっすね」「そうだ。」
ロナウドは冷蔵庫から、プラスチックの容器に入った冷たいコーヒーを取り出し、慎重に注いだ。コーヒーが氷と氷の隙間を満たしていく。プラスチックの蓋をつけ、蓋の切れ目にストローを刺し、アイスコーヒーを僕の方に持ってきた。すぐできるはずのアイスコーヒーが予想外に時間を食ったので、少し皮肉も込めてこう聞いた。
「アイスコーヒー作るの初めて?」
うまく皮肉が伝わらなかったのか、ロナウドは、自信たっぷりの表情でこう答えた。
「そうなんだよ。これだけ客が来てるのにアイスコーヒーって誰も頼まないんだよ。不思議だよね。」
不思議じゃないわボケ。不思議なのは、アイスコーヒー一つ作るにもボスにやり方を聞いているお前の無能さだ。予習しとけよというか、常識的に考えればボスに聞かなくてもわかるだろ。
一通り頭の中でロナウドにツッコミを入れ、アイスコーヒーを手にしてから、ふと戦略コンサルタントをしている友人の言葉を思い出した。「日本ってさ、すんごい現場が優秀なんだよ。」
日本に行く度に、サービスの質の良さというか、接客業のカンペキさに舌を巻く。全ての従業員が、いわゆるマニュアル的なものを隅から隅まで把握しており、それを徹頭徹尾実行している。日本のスタバで、「すんません店長。アイスコーヒーの作り方わかんないっすけど。」なんて聞いたことがない。ドリンクの作り方を把握していない店員が、バリスタをやることなんてないだろう。行き届いたサービスが当たり前の国で、ドリンク一つまともに作れないバリスタを店に出すなんて、非常識にもほどがある。
アメリカ---といっても場所や状況によるが---の方が、その点ムチャクチャというか、かなりテキトウに思える。ぼくは今まで2つの会社でしか働いたことがないが、研修・トレーニングというものは皆無だった。もちろん両方とも小さい会社だということもあるだろうが、同じ規模の日本の会社と比べても、放任主義というか、「まずやらせてみる」的なところが大きい。そう考えれば、先のロナウドの件も腑に落ちる。フラペチーノからアイスコーヒーまで全てのドリンクを練習させてから店頭に出すのではなく、まずとにかく店頭に出して仕事をさせてみる。わからないことは必要に応じて学べというわけだ。
それにしてもなあ。アイスコーヒーだぞ。アイス入れてコーヒー注ぐだけじゃん。やっぱりロナウド、アホじゃないか。