2013-10-07
タクシーの運ちゃんたち
最近東京に出張で行くと、時折タクシーに乗るようになった。我ながらいい身分になったもんだと思う。
黙ってタクシーに乗っているのも何なので、一人で乗るときは、かならず運転手さんに話しかける。あたりさわりのない話をすることが殆どだが、中には結構自分の身の上話をしてくれる運転手さんもいる。最近のタクシートークの中から印象に残ったものをいくつか。
「30年以上やって思ったのは…」
—銀座の交差点の和光前までお願いします。
—了解しました。
—暑いですね。
—そうですね。
—今週は数年ぶりの暑さだそうです。
—そうですか。
—ぼくはまあ大きなデータを分析するソフトウェアを作ってる会社で働いているんですがね、そのデモ用にこの前気象庁のデータを分析してみたんですよ。そしたら近年では今年と2010年が圧倒的に暑いそうです。
—2010年の夏ですか。ちょうど私がタクシーの仕事を始めた時です。
—そうですか。以前は何をやられていたのですか。
—アセンブラとかC言語とかでソフトウェアを書いてました。
—組み込み系ですか?
—そうですねえ。私が始めたころは、まだ「組み込み」という言葉すらなかったですが。
—それはガチのエンジニアさんですね。でもなんでタクシーの仕事に?
—私はこの十数年、フリーで受託の仕事をしていたんですが、リーマンショックを機に仕事が激減しましてね。食っていけなくなったってのが本当のところです。
—下請けは大変ですよね。
—まあ私の場合、孫請けの方が多かったかな。
—ソフトウェアの仕事に戻りたいと思いますか?
—いやあもう勘弁です。一行もプログラムを書いたことのない奴らの我儘を聞くのは勘弁ですよ。30年以上やって思ったのはですね、IT業界ってのは体力勝負だってことです。こっちの仕事の方が楽だ…あ、お客さん着きました。
3K(きつい・厳しい・帰れない等々)と揶揄される日本のプログラマ業界の悲哀を垣間見た気がした。と、同時にリーマンショックの混乱に便乗してぼろ儲けした小さな証券会社で、下っ端トレーダーながら1000万以上の年俸をもらっていたことに、罪悪感を感じ、今その仕事に関わっていないことにちょっと安堵した。
「日本は軍を持つべきだと思います」
—六本木の交差点までお願いします。交番のあるところです。
—ご、ご乗車ありがとうございます。すみません、私、まだこの仕事はじめて日が浅いので、ナビを使ってもいいですか。
—大丈夫ですよ。まったく急ぎではないので。
新入りさんは、四苦八苦しながら六本木交差点の交番を探し出し、ナビに入力した。タクシーが静かに動き出した。20代半ばくらいだろう。ビビる大木を暗くした感じの顔だ。
—すいません、手間取ってしまって。
—お構いなく。いつこのお仕事を始められたんですか。
—1週間前です。
—その前は何を。
—陸上自衛隊に7年ほどおりました。
意外な答えに、ぼくは驚き、咄嗟に「おつかれさまです」と言った。
—ありがとうございます。
—日本の国防に関して、自衛隊にいた方としてどう思われますか?
—いや、私はあくまで一隊員ですので。
—いや、だからこそ聞いてみたいなと。現場を経験した人の意見の方が、親戚に一人も自衛隊員すらいない政治家やコメンテーターの話よりも地に足がついている。
—いや、でも…いや、あくまで私個人の意見ですが…日本は軍を持つべきだと思います。自衛隊でできることは限られてますし、アメリカは守ってくれない。
—改憲には賛成だと。
—さ、賛成です。
六本木の交差点に着き、1160円と「お仕事頑張ってください」という言葉を置いて、タクシーを降りた。隣で六本木通りの信号を待ちながらiPhoneをいじっている薄茶の巻き髪のギャルに、日本国の再武装と改憲について聞きたくなったが、さすがに変なのでやめることにした。
「あんなの和食って言いませんよ」
—東京駅の新幹線乗り場までお願いします。
—はい、八重洲口ね。
—お願いします。
—新幹線ではどちらまで?
珍しく運転手さんの方から話を続けてきた。
—長野の方です。帰省です。運転手さんはご出身はどちらで?
—月島です。私で5代目ですね。
—おおお。ほんとの江戸っ子ですね。
—ははは。そうですねえ。だいぶん経ちますねえ。
—5代目というと、なんか月島で家業をやられてるのでは?
—うちは飲食店をやってたんですけどね、ぼくはどうも向いてなかったみたいで。
—なるほど。いやあでも日本は飯がうまいですよね。ぼくはアメリカに住んでるんですが、たまに東京に来て、ふらっと入る町の定食屋さんの料理のおいしさに感動します。
—アメリカですかあ。遠いですね。でも最近の定食屋さんはチェーン店ばっかりでね。あれがいけねえ。
—大戸屋とかですか?ぼくは美味しいと思いますが。
—そりゃアメリカよりは美味しいでしょうけど、あんなの和食って言いませんよ。大戸屋なんてどこの大戸屋入っても味噌汁の味が一緒でしょう。あれはいけないですね。もっとこう、オリジナルな味がほしいですよ。
—(^^;)
—はい、東京駅です。では残りの旅気を付けて。
大戸屋さん、ぼくは結構気に入ってます。