2013-05-05
Gunosy炎上に関して、方々に苦言を呈すの図
最近仕事が忙しくてウェブを放っておいたら、Gunosyが炎上していた。どうやら火元は、自称「ベンチャービジネスのインサイダー」1の人が書いたこのブログ記事らしい。
断っておくと、ぼくはGunosyのユーザーではないし、それこそ自分のブログの記事がはてブやツイッターで流行ると、Gunosyで流れているらしいという程度の関わりしかない。2ただ一連の話を一通り読んでみて思うことがいくつかあったので、まとめておこうと思う。
GunosyはもっときちんとPRをやりましょう
まずはGunosyだが、炎上に対する説明として書かれた「ここ最近のGunosy関連の批判についての所感」を読むと、彼らがPRに関してずぶの素人であることがわかる。これが実に惜しい。なぜなら書いてある内容—たとえば「Gunosyが配信するコンテンツが、はてブで流行った記事が大半を占めている→Gunosyははてブの再編集にすぎない」という批判者のロジックがデタラメなこと、配信内容が偏っているのは、現時点でのユーザーコミュニティの趣向の偏りによる蓋然性が高いということ3—は正しいものばかりだからだ。
ということで、社会人の少し先輩として、少しアドバイスをしたい。
- そもそもこの釈明文の発信者は、マーケティング担当の竹谷くんではなくて、CEOであるべきだ。もっと正確に言えば、たとえマーケティング担当の竹谷くんがまるっと書いた文章でも、CEOが書いたものとして、自社ブログに載っけるべきである。アホンダラたちによる今回のGunosyに対する誹謗中傷の規模を考えれば、CEOが直々に説明するのが筋である。というか、そうすることがPRの正しいやり方だ。これだと、たとえそんな意図が全くなかったとしても、「CEOは何やってんだ。マーケティングの担当者に釈明させて終わりか」と捉える人も少なからず出てくる。
- こういう大事な文章は、投稿する前に、誤字脱字・文法の誤りがないかきちんとチェックしたほうがよい。この文章、急いで書いたのだろうが、文法のミスが目立つし、何より読みづらい。大事な場面でよい文章を書かないと、会社のイメージに悪く影響する。
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NAVERまとめの記事を配信しなかった理由について、竹谷くんはこう書いている。
そもそも批判に悪意が感じられた。(まとめの作者をみてもGunosyを批判するためだけに作られたアフィアカウントであると断定できるレベルであった)またアルゴリズム等の実情があまりにも事実と大きく異なっている内容であったこと、そしてバズりやすい批判でアフィリエイトで稼ぎたいだけなのではないかと疑ってしまったこと
竹谷くん、これではマーケティング担当失格だ。君の正直さは評価したいが、こんなことを書いたらGunosy批判者たちの格好の標的である。PRにおいて大事なのは、会社の内情をぶちまけることではなく、会社の評判を守り、企業価値の維持・向上に貢献することだ。ここにあげた理由は、どれもGunosyを矮小で姑息な会社にみせる。そんな理由付けしか思いつかないならブログに書かずに、素直に謝罪するだけにした方が、ずっと印象がいい。相手のアホンダラが恣意的だからといって、自分たちまで同じレベルに成り下がって恣意的な発言をしたら負けだよ。
Gunosyの批判者はアホ
次にGunosyを批判しているアホンダラたちだが、彼らに対しては、Gunosyの竹谷くんに加え、いろいろな方々が的を射た指摘をしているので、僕から加えることは特にない。
ただこれだけは言いたい。あんたらアホだろ。
なんではてブと内容が大きくかぶっていることから、「Gunosyははてブの再編集にすぎない」と断定的に帰結できんねん。相関関係と因果関係の差もわからないなら、誹謗中傷なんかするな。第一、はてブの再編集にすぎなかったら、配信するまで丸一日遅れるとか、どれだけGunosyのはてブクローラー走るのおそいねん。
誹謗中傷をしないというのは、意外と難しい。誰だって、自分の知的優位性を示したいという願望は少なからずあり、相手の誤りを明らかにすることほどその願望を満たす行為は少ない。ただ、その絶対条件として、自分の知見が正しく、相手の知見が間違っている必要があり、今回はそれがまったく当てはまらない。機械学習に関しても、基礎の基礎の論理的な思考力に関しても、間違っていたのはGunosyではなくて、安易な誹謗中傷に走ったアホたちの方だ。
世間はもっとスタートアップに寛容になったらいい
Gunosyの批判者たちに関しては以上だが、最後に苦言を呈したいのは、世間一般だ。
Gunosyに限ったことではないが、日本の土壌はとにかくスタートアップに冷たい。よく日本にはスタートアップ投資のエコシステムがないとか、労働力の非流動性がスタートアップに不向きだとか言われる。それはもちろん正しいが、おそらく一番の問題は、エリートから落ちこぼれまで、スタートアップに好意的でない人たちが大半だということだ。
考えてみてほしい。今回のGunosyの問題は、一言で言ってしまえば、「一部のユーザーにとって思っていたよりもサービスの質がよくなかった」というだけだ。たったそれだけの問題なのに、大の大人たちが鬼の首をとったかのように、去年の12月に登記したばかりの赤ん坊スタートアップを血祭りにあげている。「出る杭は、自分のチンケなトンカチで打ってヘコませることが出来そうだったら、あるいは別の人が既に打ってちょっとヘコんでいたら、打つ」日本の悪習の最たるものだ。
スタートアップなんて道ばたを駆け回る蟻のようなもので、放っておいても災難にあって死ぬものがほとんどだ。あえて追っかけまわして踏みつぶす必要があるのだろうか。