quipped

Creative Commons License

Dennis Ritchie:現代の巨人

昨日の夜、Google GoやPlan 9などで知られる著名なエンジニアRob Pikeにより、Dennis Ritchieが長い闘病生活の末、先週末静かに息を引き取ったことが明かされた。注目を浴びることを嫌がり、静かな晩年を過ごしたRitchieらしく、訃報の発表もなかったようだ。

多分これを読んでいる人たちの多くは、Dennis Ritchieのことを知らないと思う。彼の名前を今初めて聞いたという人は、是非最後まで読んでほしい。

Dennie Ritchieは、ベル研究所の一員として、Brian KernighanKen Thompsonらと共にUnixの礎を築いた人だ。またUnixを記述するために、Thompsonが考案したB言語を元にしたC言語も開発している。

...とこんなことを書いたところで、プログラミングをかじったことがない読者のリアクションは「はあ?」だろう。ぼくも大学4年生までプログラミングの「プ」の字も知らなかったから、その気持ちはよくわかる。ということで洋服に例えて言い換えてみる。

もしSteve Jobsが稀代のファッションデザイナーだったら、Dennis Ritchieは針と糸を考案し、ミシンまで作った人だ。

もしRitchieがいなかったら、Appleはおろか、MicrosoftもYahoo!もGoogleもなかったと言っても過言ではないだろう。基本的にどんなサービスも、プログラムも、デバイスドライバーも、元を辿ればどこかでC言語で書かれている。またUnixはLinuxやFreeBSDといったかたちで進化し、世界中のウェブサーバーを支えている。アンドロイド携帯も元を辿ればUnixだ。Ritchieのおかげで我々はEメールも送受信できるし、スマートフォンも使えるのだ。Ritchieはコンピューターサイエンスの巨人と謳われているが、コンピューターが現代社会に及ぼした影響を考えると、現代の巨人といっても差し障りはない。Wiredにも「Jobsも立った巨人の肩」という追悼記事がある

これだけスゴい人が逝去したのに、あまりニュースにはなっていない。Steve Jobsの訃報を先週大きく取り上げたメディアも知らん顔で、記事としてちゃんと扱っているのはTechCrunch・Wired・Engadgetなどのテクノロジー中心の雑誌だ。これはなぜだろうかと今日少し考えてみて辿りついた結論はこうだ。

基本的に人は目に見えるものしか評価しないんじゃないだろうか?

なぜあれだけSteve Jobsの死が大ニュースになったかといえば[1]、Jobsが創造したものは、アップル製品というかたちで、消費者の生活の中にモロに入り込んできたからだ。自分が毎日使う素晴らしいオモチャを創った人の死の重要性は、誰でもカンタンに理解できるのだ。それに比べてRitchieの貢献は、消費者の目から何レベルも離れたところにある。Ritchieの死は、プログラマーの間ではJobsの死かそれ以上に話題になっているが、これも彼の仕事が現代のコンピューティングを支えてきたことを、専門知識として知っているからだ。「縁の下の力持ち」というが、縁の下どころか、地下で地盤を支えてきた人だ。でも、地下まで潜って彼の偉大さを理解しその貢献に対して感謝するほど、門外漢は醒めていない。これは別にコンピューターサイエンスに限ったことではない。どんな分野でも、目に見えないところで偉業を成し遂げてきた人たちはいる。でも概して人は無知で表皮的なもので、彼らに賞讃のエールを送ることはない。

ここまで読んでくれた人には感謝したい。そしてぼくたちプログラマーと一緒に、Dennis Ritchieを追悼し、その偉業を讃えてほしい。

UPDATE: 「Steve Jobsの訃報を先週大きく取り上げたメディアも知らん顔」と書いたが、今日になりRitchieの死をNew York Timesが報じている。同記事によれば、一人暮らしだったようだ。逝去のニュースが遅れたことにも関係しているのかもしれない。


  1. もちろん、Steve Jobsが志半ばにして逝ったということもあるだろう。確かにDennis Ritchieは既にやることをすべて成し遂げてから死んでいった。でも、例えJobsがRitchieと同じ70歳で死んだとしても、Ritchieの死より遥かにニュースになったことと思う。

2011-10-14