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2017年に読んだ本

参考:2016年に読んだ本

ブログ完全休眠、ついに2年連続となってしまった。ハンターハンターを凌駕するアウトプットの無さである。おそらく2018年にはブログを再開できると信じている。読書の方もおろそかになりがちだったが、それなりに纏まった長さの本を読了できたので、一先ず満足である。

  1. "Lolita" by Vladimir Nabokov:読もう読もうと思いつつも10年位読むチャンスがなかったのが、NabokovのLolitaである。ロシア人のNabokovは完璧なトライリンガルで、Lolitaも英語で最初書かれており、英語文学の金字塔とされている。ということで2016年12月にふらっと立ち寄ったニューヨークの本屋で買い、2017年あたまに読み終えたのだが、解説付きバージョンを買って正解だった。英語が難しいのはまあ良いとして、至るところにフランス語が出没、かつ仏語の部分がプロットに関わってきたりするので、これをすらっと読める人は英仏のバイリンガルの知識人に違いない。話そのものは「ふーん」という感じであったが、まあ文章は上手である。
  2. 走ることについて語るときに僕の語ること:村上春樹のノンフィクション。Lolitaが重かったので、さくっと読めるものが欲しくなり手にとった。村上春樹のナルシズムは、彼の文章と同様、さらっと受け入れられるけど、あまり印象に残らない。走るのが好きだということは伝わった。
  3. 本日はお日柄もよく:原田マハの小説。何気に原田マハデビューであった。飯田橋の本屋で買った。コピーライターの話。知り合いで広告関係者も多いので、何となくイメージが掴め面白かった。それなりの数の披露宴には出席しているはずだが、一度も「本日はお日柄もよく」というくだりを聞いたことがなかったので、日本語の勉強にもなった。
  4. 変身:"Lolita"同様、実はDie Verwandlungも読んだことがなかったので読んだ。といってもドイツ語はわからないので、英語で読んだ。ドイツ語ネイティブ曰く、カフカはドイツ語で読んでこそ、その醍醐味がわかるらしい。というのもドイツ語というのは、文末の単語一つで意味が大きく変わるらしく、その文法を巧みに使ったのがカフカだそうだ。当然このトリックは英語では中々再現できない。はて、日本語だとどうだろうか。ちなみに表題作の「変身」よりも、「流刑地にて」の方が個人的には面白かった。閉塞感と空虚感を行間に詰め込ませたら、カフカの右に出るものはいない。
  5. 爪と目:サンフランシスコで急に日本語が読みたくなって買った、藤野可織の芥川賞小説。二人称で書かれたホラーチックな短編。
  6. 風の歌を聴け:村上春樹のデビュー作。なんか「今すぐ本を読み出してかつ読了したい」衝動に駆られて読んだ気がする。荒削りではあるが、すでにハルキズム満載である。良くも悪くも変わらないスタイルが、ノーベル賞を遠ざけているのかもしれない。
  7. Enterprise Architecture As Strategy:仕事で読んだ。マイクロサービスとかそういう話の流れで、知り合いから「この本読むといかに歴史が繰り返すか分かるぜ」的なことを言われ読んだ。90年代のエンプラ基盤プロジェクトのケーススタディが元となっているのだが、25年経った今でも大企業が同じ問題を抱え続けているところが面白い。ITの本質的な問題は技術ではなく組織だと再認識させてくれる良書。
  8. Grand Hotel Abyss:フランクフルト学派そのものの伝記。ベンヤミン、アドルノ、ハバーマスらの半生を、共産主義・ファシズム・冷戦という20世紀の激動の中で描く。体系的にフランクフルト学派について学びたかったので丁度よかった。
  9. Notes from Underground:DFWのエッセーで言及されていたので原作を読んだパターン。が、正直何が言いたいのかわからない本であった。昔からロシア文学とはあまり相性がよくない気がする。
  10. The Iliad:いわゆる「インテリ面して古典を読んでなかった」パターンである。本自体は実は2009年から持っていたのだが、今年ようやく重い腰をあげて読んだ。さすが西洋最古のストーリーというだけあって重厚なストーリーである。これを口承で伝えられるところに人間のロマンを感じる。とにかくいとも簡単に人が死ぬので、元祖バトルロワイヤルである。
  11. The Name of the Rose:初Eco。図書館で借りて読んだので、二重の意味でエコである。哲学とミステリーの塩梅が絶妙。中世ヨーロッパ史は疎いので、勉強になった。
  12. How Will You Measure Your Life?:Audible.comで初めてオーディオブックというものを聴いてみた。イノベーションのジレンマで知られるChristensenと、彼の生徒DilionとAllworthによって書かれた自助本。要約すると「人生の目的関数は『幸せ』であるべきだ」ということ。AllworthはExponentというpodcastのco-hostで、この本の存在もそれを通じて知った。StratecheryのBen ThompsonとJames Allworthがテクノロジー業界をビジネスと戦略目線で分析するExponentは、ビジネス英語を学びたい上級者向けにはオススメである。Thompsonの素朴な中西部英語と、Allworthの典型的なオーストラリア英語の掛け合いが絶妙。
  13. The Birth of a Theorem:フランスの数学者Cédric Villaniの回顧録。フィールズ賞受賞のきっかけにもなった定理を、弟子と共に解明していくプロセスが日記体で書かれている。フィールズ賞の受賞要因となるような定理なので、勿論その証明の内容そのものはわからないのだが、数学者が実際どう働くのかというプロセスのイメージが湧く本である。Villaniは受賞後有名人となり、去年のMacronフィーバーに乗って出馬・当選もしている。TED Talkもしたりと、なかなか多才な人だ。
  14. The Years of Lyndon Johnson: Path to Power:去年のThe Power Brokerで懲りず、またまたCaro本を読み始めた。The Power Brokerが「市政の権力」を紐解いた本ならば、The Years of Lyndon Johnsonは「国政の権力」を紐解いている本だろう。現在進行系なのは、このJohnson大統領伝記シリーズは未完で、今最終巻第5巻を82歳のCaro爺さんが鋭意執筆中だからだ。筆者が今年読んだ"Path to Power"は、第1巻である。The Power Brokerよりは短いが、それでも750ページ近くあった。今読み始めている2巻が400ページ、3巻が1000ページ、4巻が600ページ強あるので、シリーズ読了はおろか、キャッチアップできるのもまだ先だろう。1年後どれほど読めているか楽しみである。

2017-12-31

2016年に読んだ本

参考:2015年に読んだ本

今年は仕事ばっかりで、ついに一本もブログを書かなかった。その分仕事をがんばっていると思いたいが、やっぱりたまには考えていることを日本語で書きたいとは思う。

  1. 言志四録:社長に勧められて読んだ本。日本的なリーダーのあり方について書かれている本だが、1年経った今あまり内容を覚えていないので、また読むべきである。  
  2. データ解析の実務プロセス入門:Excelとawkで知られる(?)データサイエンティストあんちべ氏が書いた、現場に近いデータ分析の話。AIブームの昨今だが、元金融(あんちべ氏も確かそう)のデータ分析屋としては、基本が大事だし、基礎をマスターするのもそう簡単ではない。ツールにこだわったり、流行りに流されてる暇があったら、ひとまずこの本を読んだほうがいい。大阪ガスの河本氏が書いた本と対をなす本。
  3. 10年戦えるデータ分析入門 SQLを武器にデータ活用時代を生き抜く:Cookpadの青木峰郎氏が書いた分析的SQLの本。「会社のデータベースにいろいろデータは入っているらしいが、どうSQLを書いたら欲しい結果が戻ってくるのかわからない」という人向けの良書。エンジニアというよりはデータアナリスト、プランナー向けの本。   
  4. Eternal Curse on the Reader of These Pages:Manuel Puig2冊目。"Betrayed by Rita Hayworth"よりは、わかりやすかった。Puigは話の構成がうまい。
  5. Modern Technical Writing:Palantirで製品ドキュメントを書いている人が書いた、技術的ドキュメント作成の指南書。当然のことながら、この本自体も非常に読みやすいドキュメントとしてまとまっている。タダでKindleで読めるので、技術ドキュメントの書き方で悩んでいる人はぜひ。
  6. How to Write Short:短く。的確に。正しく。がんばれ。Roy Peter Clarkの良書。
  7. Balzac and the Little Chinese Seamstress:文化大革命時代の著者の経験を元に書かれた小説。積ん読消化を兼ねて読んだ。話そのものは、井上靖的な、純文学的な、正しい甘酸っぱさの詰まった、割りとどうでもいい話である。特筆すべきは、文化大革命と共に育った著者が、大学時代にフランスに1984年に留学、18年語の2002年に、この小説をフランス語で書いた、ということだ。伝えたい思いがあれば、母語である必要はないと再認識させられた。
  8. The Kraus Project:20世紀初頭のオーストリアの思想家・風刺作家、Krausのエッセイを、アメリカの作家JonathanFranzenが翻訳し、注釈を加えたもの。この注釈がクソ長い。Franzenは文章がうまいので、ついつい読んでしまうが、注釈の半分くらいは、Krausのエッセイとあまり関係のない、Franzenの自伝的なチラシの裏感満載な散文。Swarthmore大学の独文科からフルブライト奨学金でベルリンに留学している時に、ほとんどドイツ人と満足に話せず、寒い自室でひたすら英語の本を読んでいた、というくだりは、筆者も共感した。Franzen頑固親父にも、青い時代があったんだなと、少し親近感を覚えた。
  9. 数学をいかに教えるか:日本が世界に誇る数学者志村五郎が書いた、数学教育に関する本。東京に行くたびに、帰りの機内用にオアゾの丸善で2−3冊本を買うのだが、その時にはなぜか読まず、1年くらい経ってから読んだ。本題だけなら良書なのだが、ところどころにプチ自慢と、知己・同僚・社会・システムに対する悪口が散りばめられており、後味が悪い。よく言えば、偉大な専門家であることと、人間として尊敬できることは全く別のことである、ということを再認識させてくれる。
  10. Play Bigger:仕事で読んだ「カテゴリデザイン」というマーケティングの話。B2Bハイテク業界で働いている読者が何人いるのかわからないが、その人たちにはおすすめ。
  11. Economic Growth:仕事で読んだ。経済成長の話ではなく、B2B企業の経済的な売上向上のためには、account-based sellingをやりましょうというニッチ本。
  12. The Power Broker:この本を買ったのは少なくとも3−4年前なのだが、1100ページ以上もある本で、いったん250ページくらいまで2013年に読んで、そのまま放置していた。それを2014年の暮れにまた1ページ目から読み始め、夏頃に読み終えた。良くも悪くも今のニューヨークの礎を築いたウルトラ公務員である。Mosesのすごいところは、一度も選挙で勝つこともなく、50年以上に渡ってニューヨーク(市も州も)を裏から牛耳ったことだろう。タイトルどおり、権力というのはどのようにして生まれ、どのように使われ、どのように失われていくのかを、綿密にリサーチされたMosesの人生を通して描いている。作者のRobert Caroは寡作で、50年近いキャリアの間で、この本と、現在も続いているJohnson大統領の伝記の2冊しか本を書いていないのだが、両方ともPulitzer賞を受賞しているという打率10割の伝記作家である。仮に途中で飽きても、漬物石・鈍器・PCモニターの高さ調整具として副次的利用価値があるので、ぜひ。
  13. 築地の記憶 人より魚がエライまち:築地が移転するというんで、何か思い出にと買った築地に関する本。いろいろと築地の内情が書いてある、ホクホクとする本。移転の話にはいろいろと暗雲が立ち込めているが、場所はどうであれ、エコシステムは大事にしていってもらいたい。
  14. 社内プレゼンの資料作成術:元ソフトバンクの前田鎌利氏による。ソフバン流社内スライド作成術。プレゼンの仕方というより、プレゼンの話の流れの組み方、そして実際のスライドの作り方について書いてある。個人的にはプレゼン作りが上手じゃないので、まずは座学と思って買った。今もプレゼンを作る時に必ず読み返す本。  
  15. 社外プレゼンの資料作成術:先の本の社外バージョン。より感情およびコンテクストを伝えるような作りになっている。合わせて買うとよい。これを読むと、孫正義氏のプレゼンの骨子みたいのが垣間見える気がする。
  16. 重力ピエロ:初伊坂幸太郎。弟が降ってくる話。ミステリに昔ほどのめり込めないのはなぜだろうか。
  17. Europe Central:William Vollmannの長編小説。今年読んだ本では"The Power Broker"に次ぐ長さである。"The Power Broker"を読了後、すぐに読み始めたので、なんだかんだ半年読んでいた。20世紀の最初の2/3くらい、Lenin・Hitler・Stalinといったイカれた主人公たちに振り回された、ドイツとロシアの激動の時代を、Shostakovich・Paulus元帥・Kollwitz・Vlasov中将といったサブキャラの視点から書いた歴史小説。Vollmannの本らしく、プロットがあってないようなもので、まあよく調べられた小話がたくさん書いてある。フィクションではあるが、20世紀の独露関係の勉強になった。

2016-12-31

2015年に読んだ本

参考:2014年に読んだ本

今年は仕事ばっかりで、全くブログを書かなかった。なんと、リー・クアン・ユー大往生の一本のみという筆不精ぶりである。2016年もあまりブログを書く時間は無さそうであるが、本は読み続けたい。

  1. Practical Data Science with R:実際データサイエンスをどうやるか実践した本。ZumelとMountは夫婦でやってるシリコンバレーでは名の通ったデータサイエンティストである。RとPythonで論争が巻き起こる業界だが、この夫婦はR派。彼らのブログも結構おもしろくて、たまに読んでいる。
  2. The Wall Street Journal Guide to Information Graphics: The Dos and Don'ts of Presenting Data, Facts, and Figures:WSJでデータ可視化をやってる人が書いた、データ可視化の指南書。基本的なことがきちんとまとめられていて、デフォルトがクソなExcelのグラフとかを直すときに役立つ。短くてサッと読めるのもうれしい。
  3. The Software Paradox:Redmonkという、たった3人のアナリストでやってるIT調査会社があるのだが、そこの創業者のSteve O'Gradyが書いた、ソフトウェア小史。エンプラのソフトウェアが昔高く売れた背景、そして今売れなくなってきてる理由など、56ページの中に、様々な示唆が詰まっている良書。
  4. Crossing the Chasm:B2B(ビジネス向けソフトウェア)のマーケティングについて書いた本。仕事を再考する糧にと再読したら、いろいろと目から鱗だった。Geoffrey Mooreは一発屋かもしれないが、すごいホームランを打ってくれたものである。
  5. 数学で考える経済学:数学は知っているけど経済学は知らない(≒筆者)向けに書かれた、経済学の超入門書。いろいろなトピックのさわりが、それなりに数学を使って書いてある。「ふーん」というレベルだったが、生まれて始めて経済学をおもしろいと思えたので、そういう意味では成功かもしれない。Amazonの他のレビューも書いてあるが、数学の素養がないとキビシイ(そしてそのくせアローの不可能性定理の証明の一般形はスキップしてるので、そういう意味では悪書かもしれない)。
  6. Whores for Gloria:ひたすら性転換した娼婦とセックスしてお話を聞いて、Gloriaについて思いにふけるオッサンの話。あまりに支離滅裂かもしれないが、William Vollmannならでは、でもある。実際この本を書くために、サンフランシスコの娼婦たちと「お話」しまくったらしい。
  7. Python for Data Analysis:Pandasの著者によるPandasの解説本である。仕事でPandasを使う人のキモチを理解する必要に迫られたので、通読した。と同時に数年ぶりにPythonを使うようになった。仕事でプログラムを書くというと、データ分析系の作業ばっかりなので、Pythonの方がRubyより便利である。あと、マーケター的には、中身はPandasの解説なんだけど、タイトルには「データ分析のためのPython」という風に、whatではなくてhowを持ってくるMcKinneyのマーケティング力は素晴らしい。
  8. The Sales Acceleration Formula:マーケティングソフトウェアの大手Hubspotで、長年営業のトップをやってきたRobergeが書いた営業組織の作り方の指南書。営業というと、個人能力が評価されがちだが、強い営業組織を作るには、きちんとしたプロセスを作り、科学的に取り組む必要があることがよくわかる。ブラジルよりもドイツというわけだ。RobergeがHubspotの営業組織をゼロから作り上げたという実績も、彼の解説に説得力をもたせている。
  9. The Hard Thing About Hard Things:今となってはA16Zの共同創業者という肩書きの方が有名なBen Horowitzだが、彼は元々Opswareというデータセンター自動化のソフトウェア会社をHPに16億ドルで売却した起業家である。この本はOpsware時代の苦難苦渋の体験を振り返りつつ、生きるヒントを散りばめた本。なかなかすごい本であった。近く再読したい。
  10. Statistics Done Wrong:学部で物理学の実験の素養として統計学を学んだ筆者が、統計学を学ぶうえで犯しがちなミスを懇切丁寧に書いた良書。みんなデータ駆動でPDCA回そうぜとかいう割には、統計学の知識が完全に欠落している人が殆どなので、この手の本は貴重。統計とか門外漢だから…と思っている人にこそ読んでもらいたい本。ちなみに筆者は統計学で博士課程在学中(執筆当時)。
  11. Crazy Rich Asians:シンガポールの大富豪の跡取り息子が、親友の結婚式への参加をきっかけに、中国系アメリカ人の彼女をシンガポールに連れて行き、家族に会わせる話。こう書くとなんだか単純な話に聞こえるが、あらゆる側面でぶっ飛んでいる小説である。作者のKevin Kwan自身、裕福な家庭に生まれたシンガポール系アメリカ人で、一部自伝的な小説らしい。仕事が忙しくて、毎週末ブランチを食べる30分だけ読んでいたので、読み終わるのに何ヶ月もかかってしまった。日本のドラマになり得る、笑いあり、涙ありの痛快なラブコメティ本。
  12. Behind the Cloud:Salesforce.comの創業者、Marc Benioffの起業指南書。AWSを除けば、世界最速で成長したクラウド事業であるSalesforce.comの創業者のことばには重みがある。特にBenioffが偉いと思うのは、築いた資産をきちんと還元していることだ。ぼく自身、最近Benioffがカリフォルニア大学サンフランシスコ校に寄付した小児病院の目の前に住んでいるのだが、病院を見るたびに、「こういうのをノブリース・オブリージュというんだなあ」と感銘をうける。Salesforce.comには1/1/1という社内ルールがあり、売上の1%を寄付、商品の1%を無償提供、そして社員の時間の1%をボランティアに使うというものだ。ちなみに本書は、そのルールにちなんで、111個のアドバイスに分けられて書いてある。個人的には、Benioffはマーケティングの天才だと再認識した。
  13. 完全独習ベイズ統計学入門:経済学者が書いたベイズ統計の入門書。微積分はおろか、ほぼ算数の範囲だけでベイズ統計の概念を説明しようとした入門書。さすがにベータ関数・正規関数の説明のところは無理があったが、全体的にはわかりやすく書かれている。著者である小島寛之教授は、以前塾で数学講師をされていたのだが、著者もその時の生徒の一人である。さして数学のセンスもない著者に、数学の魅力を著書と授業を通じて教え、数学を専攻させるまでにしてしまった人でもある。昔から、むずかしい話をわかりやすく解説するのは得意な先生だったが、その手腕は衰えていない。
  14. Startup Growth Engines:Growth Hackerの名付け親であり、Dropboxの火付け役であるSean Ellis氏と、Growthhackers.comの発起人のMorgan Brown氏が書いた、ベンチャー成長戦略のケーススタディ集。Dropbox・GitHub・Belly・Square・LinkedInといった企業の話が書かれている。内容はまあ当たり前で、ターゲットを決めて、いい製品を作って、とにかく頑張って売るというもの。ただこの3つを同時にできている会社は殆どいないというのが、ベンチャーの悲哀でもある。
  15. Buyer Personas: How to Gain Insight into your Customer's Expectations, Align your Marketing Strategies, and Win More Business:マーケティングをする上で非常に重要な、想定顧客の作り方について書いた本。仕事でうんうん言っている時に偶然出くわして一気に読んだ。製品マーケティングや商品企画をやっている人には是非おすすめしたい本。

読みかけの本がまたまた何冊かあるので、そこら辺を片付けていきたい。あとやっぱり年間20冊は読まなくてはと思う。

2015-12-30

シンゾー・アベの英語演説、そしてやっぱり偉大なリー・クアンユー

安部首相が4月29日にアメリカ議会でした演説が、話題になっている。すかさず民主党議員が、「日本国の国会議員として、この上なく米国議会に恥ずかしい」とちゃちゃを入れて炎上する一方で、ぼくの周りにいる在米日本人たちは、概ね高評価だ。「日本人として誇りに思う」、らしい。

「日本国の国会議員として」、「日本人として」。

安部首相の演説は、見方によっては恥ずかしいかもしれないし、誇らしいかもしれない。つたない発音で原稿を読み上げただけだという見方もできれば、第二次世界大戦を悔いる声明を、アメリカ上下議員全員の前で、しかも英語で読み上げたというのは、歴史的だという見方もできる(ひょっとしたら朝日新聞と安倍晋三が初めて同意した瞬間かもね)。

いずれの見方にしても、個人的に残念だったのは、安部首相の演説が、アメリカ人がアジア人に期待するステロタイプを超えるものではなかったことだ。

少し穿った見方かもしれないが、このアメリカという地で、アジア人というのは従順な働き者としてみられている。アメリカに自由を求めて移民し、差別にもくじけず頑張り、アクセントを馬鹿にされても笑ってすませ、理不尽なことがあるかもしれないが、数世代を経て、アメリカのイデオロギーを受け入れ、同化していく。安部首相の演説を聞いていると、そのつたないアクセントと、盲目的なアメリカ信奉のことばに、アジア系移民の親たちを重ねてしまう。「馬鹿にされてんだよ、お父さん。わからないの?」

アメリカというのは中二病な国で、崇高な建前と、ドロドロの本音の狭間でもがいている国だ。だが、そんなことはお構いなしに、持ち前の空元気と、唯一無二の軍事力で、光り輝く銀メッキの理想を、世界中に押し付けてきた。戦後の日本は、アメリカ聖戦の恩恵と被害を、十二分に受けた国のひとつだろう。そして、安部首相の演説は、その国のリーダーとして、米国の理想を米国のリーダーに対して反芻するという、想定の範囲内のものだった。

日本人にとっては、この安部首相の演説は、歴史的な瞬間なのかもしれない。ただ、日本人として過ごした時間よりも、アメリカのアジア人として過ごした時間の方が長い筆者にとって、アメリカ議会で話す安部首相は、一人の従順なアジア人にしか映らなかった。失礼を承知で言えば、ありふれた光景過ぎて、感想すらないのである。

こういう演説を見るたびに頭をよぎるのが、今年3月に亡くなったリー・クアンユーだ。英国ケンブリッジ大学で法学を修め、冷戦下の東南アジアで、30代にしてシンガポールという小さな都市国家のリーダーとなったリー・クアンユーは、アメリカ人の偽善と欺瞞を鋭く揶揄できた、数少ないアジア人のリーダーだ。ベトナム戦争中、アメリカの報道番組"Meet the Press"に出演したリーは、彼のベトナム戦争への姿勢を聞き出したいアメリカ人ジャーナリストたちの意地悪い質問を華麗にかわし、舌鋒鋭く反撃した。

安部首相の演説と、リー・クアンユーのインタビューをあえて比較すれば、ぼくがより勇気づけられるのは、後者だというのが本音だ。アメリカで生きるマイノリティとしては、2015年の安倍演説は、過去の残滓でしかなく、1967年のリーのインタビューは、未来への軌跡なのだ。

日本のリー・クアンユーが現れるのは、果たしていつだろうか。

2015-05-02

2014年に読んだ本

参考:2013年に読んだ本

今年はだいぶ仕事が忙しくて、ブログを書く時間も減ったし、本を読む時間もあまりなかった。読みかけの本がたくさんあるので、まずはそこら辺を終わらせるところから2015年はスタート…みたいなことを1年前も言っていた気がする。

  1. 舟を編む:年始に実家で読んだ。これを皮切りに、三浦しをんを数冊読んだ。ほのぼのとした話がほのぼのとした筆致で書かれた作品。
  2. 会社を変える分析の力:大阪ガスのデータサイエンス部隊を率いる河本薫さんの本。ビッグデータだとかそういう話がここ数年流行っているが、多くの企業に一番足りないのは、「データ分析をしたらビジネスがどうよくなるのか、」というイメージを、経営者たちがイマイチ掴めていないこと、また、分析者たちが、経営者たちに自分たちの価値を上手く伝えられていないことだ。そこら辺の話をうまく整理してくれる秀逸な本。
  3. 月魚:やばい、三浦しをんだということ以外、見事に何も覚えていない。
  4. 君はポラリス:三浦しをんの短編集。経験したことはないけれど、妄想したことはあるような話を書かせたら、三浦しをんは天才である。
  5. まほろ市多田便利軒:ドラマにもなった三浦しをんの小説。なんか町田っぽいなあと思って読んでいたら、実際町田市がベースになっているらしい。なかなか面白かった。
  6. The Hologram for the King:いわゆる中年の危機にある、ITコンサルタントのオッサンの話。悲哀に満ち過ぎててあんまり好きになれんかった。Eggersは、テーマ性を重視するがあまり、話がもっさりする傾向がある気がする。
  7. ことばとマーケティング:多角的な手法で、癒しブームを分析した本。一気に読んだんだが、あんまり何も覚えていない。内容はよかった気がする。
  8. Data Smart:Mailchimpのデータサイエンティスト、John Foremanが書いた、データ分析の手法のサーベイ本。敢えてPythonだのRだの使わず、Excelで全ての分析をすることで、道具ではなく、手法を深く理解することを目指した良書。非常におススメである。
  9. The Atlas:ノーベル賞候補としていつも名前があがるアメリカの小説家・ジャーナリスト、William Vollmannの短編集。この人はマジ破天荒で、娼婦を「インタビュー」するために風俗に行きまくったり、児童買春の犠牲者の女の子の命を助けようとして、自らがポン引きに殺されそうになったり、オカマの主人公の小説を書くために、自ら女装してみたりと、よりリアルなストーリーを紡ぎだすためなら、何でもやる鬼才である。
  10. Poor People:そのVollmannが、世界中の貧困者と時間を過ごし、「自分は貧乏だと思うか。だとしたら、なぜ貧乏なのか。」と問いかけたノンフィクション。日本人のホームレスも出てくる。国や地域によって、貧富に対する価値観や、それに対する姿勢の違いがここまであるのかと、当たり前ながら大事なことを再認識させてくれる本。
  11. The Remains of the Day:日系イギリス人作家、カズオ・イシグロの代表作。Amazonの創業者Jeff Bezosがもっとも大好きな小説だということで、前から読みたいと思っていた。Bezosはこの本を、「たったの10時間、主人公の人生を覗くことで、人生と後悔について教えてくれる本だ」と評していたが(Bezosは後悔最小化フレームワークの提唱者である)、自分の感想は、社畜ライフの最大の悲哀は、社畜であるという自意識の欠乏だということ。今年読んだ小説では、圧倒的に印象に残った。
  12. How Not to Be Wrong:アメリカの数学者Jordan Ellenbergが書いた新書。「間違えない方法」という大分釣りにいっているタイトルではあるが、それに見合うだけの内容である。作家でもあるEllenbergは、文章も上手いし、数学者ならではの、論理的明晰性が随所にみられる。数学的なテーマ(選択バイアス・期待値・対称性など)を、実際にあった挿話と共に紹介する内容で、「数学って一体なんの役に立つの」と思う人、あるいはそう聞かれて困っている人は、是非この本を手にとってもらいたい。
  13. 統計的手法のしくみ:統計学ほど初学者にとってわかりづらい分野も珍しいと思う。この本は、基本的な統計学のコンセプトを、わかりやすく説明してくれる良書。テーマごとに纏まっているので、読みやすい。
  14. Homage to Catalonia:高校の時に読まされた"Animal Farm"、"1984"ぶりのOrwell本。スペイン独立戦争で戦線に立ったOrwellが、彼ならではの精緻な文章で、戦争の現実を描いた良作。20世紀最高のノンフィクションと評されるのもわかる。「カタロニア讃歌」という題名で邦訳されている。
  15. Statistics - A Very Short Introduction:イギリスの統計学者David J. Handのよる統計学のVery Short Introductionシリーズ本。Hand教授の名前は"Classification Technology and the Illusion of Progress"で知っていたので、母校の本屋で見かけた時に買った。統計学の当たり前な話が書いてあるのだが、非常にわかりやすく仕上がっている。
  16. A Supposedly Fun Thing I'll Never Do Again:DFWの有名なエッセイ。3年くらい前に読んだんだが、帰省中の機内で再読した。内容を忘れていたというよりは、おそらく3年前に読んだ時には全く気づいてなかったことが多々あった。カリブ海のクルーズに7日間行っただけで、資本主義の悲哀から、アメリカ人のアイデンティティなど、普遍的なテーマを数百ページにわたって綴れるDFWは、やはり天才である。毎年年末には再読しようと思った。リンク先のエッセイ集には、他の作品も入っている。

こう見ると、ほんとに今年は本を読まなかったな。2015年はもっと読むようにしたいです、はい。

2014-12-31

しょせんAO入試は問題だぞ、アメリカだってな

AO入試で入学したKO生が、小4だと偽って衆議院解散に関してごにょごにょ画策した結果、ネット民からナイツオブラウンドを受けて試合終了…

にしてあげればいいのに、被害はなんとAO入試そのものにまで拡大、こんなことをほざく奴まで出てきた。

これは早慶などの最難関私大でも変わりません。有名人から推薦状がもらえて面接の受け答えができれば、大抵の所には受かります。

一方、アメリカのAO入試では、例外なく学力試験が課されます。

SATと呼ばれる日本のセンター試験のようなテストがアメリカには存在し、アメリカの大学受験志望者はほとんど例外なくこれを受けさせられます。

科目数も少なくありません。数学、国語読解力、国語記述力の基礎3科目に加え、志望大学に応じて生物・化学・物理・米国史・世界史・英文学などの個別教科の試験も行われます。

こういった学力選考にプラスして、推薦状、小論文、内申点、面接などの試験を課すのがアメリカの「AO試験」です。

日本のAO入試がグサグサで、アメリカはそうではないと言いたいのかもしれないが、SATのザル具合を甘く見てもらっては困る。数学は日本の中1の練習問題レベル、英語もネイティブのエリートなら満点続出(当時在米2年の筆者でも上位10%くらいは取れた)、科目別のやつも至って平易である(ちなみに科目別の数学というのもあるが、これも驚くほど簡単である)。どうせ自分はSATを受けたことすらないのに、出羽守で引っ張りだしてくるところに、甘美な意識の高い香りがぷんぷんする。

筆者もAO入試には反対である。が、それは日本のAO入試がザルだからとかいう実装レベルの話ではなく、そもそもコンセプトとして、大人が18歳前後の青少年を書類で判断するという選考方法が、いたって理不尽で、不遜に映るからだ。以前も書いたが、アメリカではAO入試のせいで、大人に媚びを売り、将来の成功と名誉を手に入れるべく青年時代を駆け抜けた結果、20代中盤で人生の羅針盤が狂うエリートが毎年生まれている。

必ずしも一発入試が万全だとは言わない。だが、さしてアメリカも知らないくせに、こういう炎上イベントがあるたびに浅はかで無為な日米比較をされる方々は、見方によっては小4を騙る大学生よりもペテン師ではなかろうか。

2014-11-24

銀座でバイトからの汐留の内定取り消し

筆者最愛のニュースサイト、ライブドアニュースより、差別大国日本を象徴するゴシップである。

端的にまとめると、女子アナ(そもそもこの表現からして日本の男尊女卑は金メダル級である)の内定を貰っていた女性が、銀座のクラブでバイトしたことが内定先にばれて、奥ゆかしいプロセスを経て採用見送りになっていたという話である。こういうプロセスの合法性は、法廷で争えばいいと思うが、スクープ元であるクオリティタブロイド週刊現代が指摘するように、いずれにしたって汐留で彼女を待っているのは茨の道だろう。よくも悪くも人と議論を分けられず、人身攻撃(場合として擁護)に走る日本の伝統が滲み出ている。

イメージ商売の在京キー局にとっては、夜の銀座でのバイト歴は、フライデー爆弾的な意味で深刻な不安要素だったのかもしれない。だが、そんな銀座のバーを占拠し、疑似恋愛とべらぼうに高い酒を楽しむのは、イメージ商売を運用するオジサンたちに他ならない。

そもそも銀座のバイトなんぞ婉曲表現が必要なほど、バーのホステスというのはタブーな職業だろうか。女性が男性に酒を振る舞い、会社でも家庭でも誰も耳を貸さないスケールの小さい自慢話を懇意に聞く—立派なビジネスではないか。銀座のバイトを後ろめたいものとみる共通意識こそ、男性社会の卑小さと罪悪感の表象じゃなかろうか。

ちなみに文頭でリンクしたライブドア記事だが、証言者の1人の肩書きが「女子アナウォッチャー」となっている点について、どなたかにご教示願いたい次第である。

2014-11-10

某経済新聞デスク、計量経済の斜め上を行く

さすが虚構珍聞の年、彼らもやってくれた。

outlier

ツイッターでは、統計的観点から非常にむつかしいツッコミがなされているが、高尚な話をせずとも直感的にわかるはずだ。このデータに直線当てはめても意味なさそうなことぐらい。

—80パーセント?冗談じゃありません。現状でこの記事の内容は100パーセントです
—相関が示せてない
—相関なんて飾りです。読者にはそれがわからんのですよ

(出典)

大方「人口密度と出生率には相関があるんだ」という結論を導くべく、一所懸命にデータを探したのだろうが、ずぶの素人にもわかるような誤魔化し方になってしまった。むしろ、この外れ値(というんです、むつかしい統計のことばで)である人口密度が高いけど出生率が低いところは、なぜそうなっているのか考察したら面白かっただろうに。締め切りに間に合わなかったんだろうか。

と同時に、今Wikipediaでp値とか線形回帰の記事をチラ見してみたが、確かにこんなにむつかしい説明をされたら誰も何もわからんわな。記者さんだって統計オンチになるわけだ。やさしい入門書としては、個人的にはこの本を勧める。

2014-11-02

エブリデイニュース、アベさんちのシンゾウ君を買い被る

マスコミ界の不動の補欠、毎日新聞が、アベさんちのシンゾウ君の「捏造」「発言」に苦言を呈している。

いずれにしても今回、報道に至る経過を首相が精査したうえで語っているようには見えない。「私は語っていない」と報道各社に修正を求めれば済む話だったと考える。

従来、批判に耳を傾けるより、相手を攻撃することに力を注ぎがちな首相だ。特に最近は政治とカネの問題が収束せず、いら立っているようでもある。しかし、ムキになって報道批判をしている首相を見ていると、これで内政、外交のさまざまな課題に対し、冷静な判断ができるだろうかと心配になるほどだ。

安倍首相が安倍首相なら、毎日新聞も毎日新聞である。苛めっ子だったのが、ふとしたクラスの流れの変化でボコボコにされるというアンチパターンの体言者、朝日新聞に加担してどうする。アベさんちのシンゾウ君が、そんなに思慮深いわけないだろう。過度な期待をして諫言を挟んだところで馬耳東風。君たちまで苛められてしまうぞ。

2014-11-01

シリコンバレーのファーストサムライ

サンフランシスコにある福利厚生サービスのスタートアップ、AnyperkのCEO、福山太郎のことである。

先週、オタクの自己満スレとして名高いHacker Newsで、その福山くんがフォーブス誌に寄稿した記事に出くわした。"We Just Thought, 'This Is How You Start a Company in America'"というタイトルは、無粋を承知で訳せば、「アメリカで起業するってこんなもんじゃね?」だろうか。茶目っ気溢れる彼らしい掴みである。

ぼくが最初に福山くんに会ったのは、2012年の冬だ。割と意味不明なアイデアを胸に、シリコンバレーの登竜門Yコンビネータに乗り込んできた彼は、底抜けに明るい、何も考えていなさそうな青年だった。彼の小学校の同級生が、ぼくの大学の後輩だったことなどもあり、初対面だけど割と打ち解けたのを覚えている。「ぼく、全然モテないんすよー」と屈託なく笑う、24歳の好青年だった。

それからたった2年強で、拙いながらも清々しい英語で(おそらく自分で書いた記事なのだろう)、月5000万人が訪れるforbes.comから発信するビジネスマンになった。最近も一緒に夕飯を食べたのだが、その存在感と落ち着きをみて、再確認した。起業は人をつくるのだと。

この数年、シリコンバレーも東京も、起業する人が増えた。実際シリコンバレーにも、日本人が中心となって作ったスタートアップは結構あるし、アメリカのスタートアップで働く日本人も増えてきた。ただその中で、福山くんが圧倒的に持っているものがある。ステロタイプな日本人像を利用するあざとさと、日本人であることに拘らない潔さだ。

アメリカにいる日本人は、ステロタイプな日本人像に当てはめられることを嫌がる。SNSやメディアを見ていると、いかに自分たちが現地の文化に同化しているかを、(日本語で)アピールする人が多い。ぼくも移民なので、コンプレックスの裏返しとしてステロタイプに反発する気持ちが分からないわけではない。アメリカに来た最初の数年は、自分のヘタクソな英語がコンプレックスだったし、大人になってからは、親のつたない英語を恥ずかしく思った。「おれは他の日本人とは違うんだ」みたいな矮小なコンプレックスがあったのだろう。

しかし福山くんは、そういうステロタイプを、見事逆手にとってAnyperkの宣伝材料にする。シリコンバレーのクオリティメディアに「Anyperkは、イチロー以来の最高の日本からの贈り物?」と書かせたり、「13人のヤバい移民」に選ばれたりと、とかく福山くんの露出作戦には、「日本」の二文字が見え隠れする。しかし、彼のやり方は絶妙で、「無表情のスーツ姿に文字だらけパワポの、気持ち悪い連中」としてではなく、「アニメとかファミコンを生んだ、ファンキーな国のぶっ飛んだガキ」として描かせることで、定期的に異物を吸収しないと具合が悪くなるアメリカ、特にシリコンバレーに受け入れられる日本人像を演出できているのだ。

ニンゲンおもしろいもので、在米日本人の多くは、ステロタイプを忌み嫌うわりには、生活習慣は日本人のままで通そうとする。日本人とつるみ、日本食のレストランがオープンしたと言えば並び、日本語で情報を仕入れる。別にそれが悪いとは言わない。けれど、そういうケースを見れば見る程、社員と英語でとことん話し合い、全国放送のインタビューに淀みない英語で答え、死ぬ気でアメリカの会社のCEOになろうと日々努力している福山くんが、際立って見えてしかたない。

ぼくは性格が悪いので、先日の夕飯の帰り道、どうにかしてブログで茶化すネタがないかと思い、「日本とか日本語は恋しくないのか」と、かまをかけてみた。毎朝のトレーニングの賜物だろうか、まったく息切れもせずにサンフランシスコの急勾配をスイスイ登る彼は、よく通る高らかな声で、こう言った。

「そりゃーありますよーでも何にもないところから仲間と始めた会社が、少しずつだけど大きくなってって、それと一緒に自分もたくさん悩んでたくさん決めてって。これはずっとやってたいですよね。ぼくはアメリカで会社をつくるんだってこっちに来て、それが今できているから、それが何より嬉しいっす。いけるところまで、このチームでいきたいっすね。」

2014-10-31

「英語」でくくる危うさ:いい加減な米英比較はやめませう

なんか米語と英語の比較考察のブログがバズっている。

たどたどしい英語しか話せないと前置きしておきながら、「長い文章で、きちんと全容を伝える」のが英語で、 「シンプルに、結論を出してスピーディな判断を促す」のが米語だと言い切るのは、ジャパニーズの十八番である「控えめながら、思い込み先行の上から目線」の最たるものである。

日本人は、こと英語となると、有り余るコンプレックスに押し潰されるのか、海外経験のある同朋の嘯く不確かな話を鵜呑みにしやすい。先に引用した方の言っていることも、筆者が半生を過ごしたアメリカに言及している部分は些かオカシイので、訂正したいと思う。イギリスに関する部分に関しては、ぼくは直接経験がないので、触れるつもりはない。強いて言えば、Kazuo Ishiguroの"Never Let Me Go"は好きである、くらいだろうか。

以下、オカシイと思うところを引用していく。もう一度断っておくが、筆者はアメリカ人なので、母国に対していささか甘いかもしれない。

アメリカ英語を話す人間からすれば、英語はコミュニケーションツール。多国籍の人間と常に話し合うためには、伝わることが一番大事です。

そんなことはない。今でこそ、アメリカ英語を話す非アメリカ人も増えたが、それでもアメリカ英語人口のほとんどは、我らアメリカ人である。我々は多国籍の人間と常に話し合おうとなど、これっぽっちも思っていない。恥ずかしながら、アジア人やヨーロッパ人の訛りや誤用を平気でバカにするし、英国と袂を分かって250年足らずのうちに、自分たちだけの言い回しを腐るほど生み出し、それを毎日使っている。

確かに英語はグローバル言語である。ただ、アメリカ人はそうなったことを喜んでいる(あるいは当然だと思っている)だけであって、英語のグローバル化に貢献しようと思っている人なぞ、人口の0.01%もいないだろう。「伝わることが一番大事」という部分は合っているが、それは崇高なグローバルな観点からではなく、結婚から雇用、ビジネスまで、すべて明示的ルールのもとで争い続けるデモクラシヨクナイに於いて、意見の明示化は死活問題だからだ。

たとえば、イギリスでは 少数の「0.8」をnought point eight と読みます。カタカナにすると ノー・ポイント・エイト。ゼロ=ノー、なんです。これが全く通じない。zero point eight でないと通じず、直後に上司に呼ばれて「その変な英語を”グローバル”に合わせろ」と言われました。

アメリカ人は、悪気はないけれども、自分たちのやり方がベストだと思っている場合が多い。なので一の位をzeroと言うのがグローバルスタンダードだぜぃ、と言い切る姿は、容易に想像できる。ちなみにアメリカではnoughtじゃなくてnaughtなので、小生、恥ずかしながら、この方の文章を最初に読んだ時に、「なんだこいつ、naughtもまともに綴れないで偉そうなこと言ってんじゃねーよw」と思ってしまった。いやはやアメリカ人の鑑である。

このnoughtという単語、小数点の表記くらいにしか使わない極めてマニアックな英単語です。この極めてマニアックな英単語をさらりと使ってプレゼンするという美しさがイギリスでは重宝されます。アメリカでは逆です。「なんで通じる言語を使わないの」となります。

これはいくらなんでも言い過ぎである。ぼくは無駄に高学歴なので、友人にはアメリカ人のエリートがたくさんいる。彼らは普通に難しい(というかより適切な言葉)をちゃんと使うし、自分が話をしたことがある英国のエリートと比べても、言い回しの差異はあれど、語彙のレンジが大きくずれているという印象はない。てかnaught/noughtのどこがマニアックやねん。

確かに我らアメリカ人は厚顔無恥かつ我田引水で、地球のジャイアンだろう。が、アメリカのエリートを見縊ってもらっては困る。ガンダムではないが、グフくらいではある。

文学の流れなどが良い例かもしれない。確かに20世紀の前半くらいまでは、英文学と比べ、米文学はスタイルの斬新さや、手法の洗練具合という点で劣る点があったかもしれない。WoolfとSteinbeckなどが良い例である(双方とも素晴らしい作家である)。ただ、戦後、特にPyncheon、RothあたりからDavid Foster Wallaceの米文学は、その斬新さと意味プー度合に於いては、現代の英文学(って誰だろなーRushdie・Ishiguroとかかね)に負けないくらい、こじらせている感がある。

ちなみに引用元の最後の英語の例文なんだが、アメリカ人のうっすいオブラートに包んでコメントすると、英作文能力に関して、まだまだ伸びしろがあられるよう見受けられる。


いろいろとツッコんだが、筆者が書きたいことは何となくわかる。確かにアメリカ人は結論を急ぐし、何よりもコミュニケーションが明確であることを、特にビジネスの場面では大事にする。英国で教育を受けたブログ主の方が、アメリカの会社での報告書の書き方に戸惑うというのは想像にかたくない。筆者もこの数年日本の方とビジネスをするようになり、いかに我々アメリカ人が結論ファーストでオブラートのオの字も知らないか、痛感している。

ただ、そういう文化的な違いが、修辞学的判断、ましてや相対的な語彙の大きさに影響しているというのは、言い過ぎであろう。サピア=ウォーフも、ジョージ・レイコフもびっくりである。作者の方が、英国風の散文レポートを米国風の三行ラップに直す傍ら、気晴らしに書いたブログエントリであるということを重々承知しつつ、横やりを入れてしまった次第である。

2014-08-10