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Facebookのアーキテクチャを創造してみた。

Scribe: an Ajax framework that works.

国際的穏健派の誕生:アメリカにいる日本人を観察してみて

渡米してから13年近くなるのだが、つい最近まで、日本から渡米してきた日本人に会う機会がほとんどなかった。ぼくは高校はニューヨーク市で過ごしたし、大学は西海岸なので、物理的な意味での周囲には、たくさん日本人がいたのだろうが、なかなか知り合うことがなかった。ひょっとしたら英語を覚えたり、アメリカで生活していくことに必死で、日本人と時間を一緒に過ごす精神的な余裕がなかったからかもしれない。

何はともあれ、アメリカにいる日本人を観察していて、気がついたことがある。彼らの価値観は、一世代前に渡米してきた日本人のそれと、大きく異なっていることだ。ざっくり言ってしまえば、20−30年前に渡米してきた日本人は、アンチ日本の方々が多い。ことあるごとに日本とアメリカを比べ、いつも結論は、「これだから日本は…」という批判的なものに収束する。それに比べ、この一年少しで出会った滞米中の日本人は、舌足らずな表現になってしまうが、穏健な思想を持っている場合が多い。彼らは「日本は〇〇はいいですが、△△はアメリカを見習った方がいいかもしれない」といった、バランスのとれた意見を持っている場合が多い。ぼくは何十年もアメリカで日本人を観察してきたわけではないが、この穏健派の誕生は、つい最近のことのような気がするのだ。国粋主義的にアメリカを批判したり、外から一辺倒に日本を批判するわけでもない彼らのことを、国際的穏健派と呼ぶことにする。

でもって、この国際的穏健派は、どうして生まれたんだろうか。

2、30年前に太平洋を渡ってきた日本人は、大きくわけて二種類だったと思う。ひとつは、アメリカで学び、「はく」をつけ、その学位を帰国後ぶん回し、仕事をまわしてきた人たちだ。ぼくは彼らをトンボ帰りエリートと呼んでいる。もうひとつは、日本社会からはじかれ、あるいは日本社会のあり方を拒絶し、新天地を求めて渡米した人たち。その後の半生は十人十色だろうが、アメリカに永住している人たちだ。雑な言い方ではあるが、そう考えると、アメリカに永住している一世代前の日本人に普遍的アンチ日本が多いのも頷ける。もともと日本がダメで渡米してきた人たちなのだから、選択バイアスがかかって当然だ。

先の国際的穏健派は、トンボ返りエリートでもなければ、普遍的アンチ日本でもない。でもって、この新しいアイデンティティの確立が、彼らの穏健性を裏付けていると思うのだ。

穏健派の人たちをみていると、人生のいくつかのオプションの一つとして渡米してきた人が多い。「面白そうだから」という漠然とした目的の人もいれば、「勉強したい分野では、たまたまアメリカの、とある大学が先端だったから」という具体的な理由があったりと多様だ。ただ、共通して言えるのは、彼らの中では、「日本で生きていく」ことも「日本で生きていかない」こともオプションの一つとして捉えていることだ。これは、あくまで生活および価値観の中軸を日本に据えているトンボ帰りエリートや、日本の地を二度と踏まんでもよいと考える普遍的アンチ日本とも、一線を画している。ざっくり言ってしまえば、余裕がある人たちなのだ。

余裕があると、いろいろな事象を多角的に捉えられるようになる。例えば、雇用ひとつをとっても、「日本の終身雇用はクソだ」とか「アメリカは誰も長いこと働かないから大きなプロジェクトをやるのが大変だ」といった過激な意見を諌め、「終身雇用だと、長期的に人材を育てられるし、働く方も、アメリカのように次の職場のことを常に考えている必要がないから、仕事に集中できるかもしれない。ただ逆に、安心しきってしまってだらけてしまったり、本当に能力がない人や、職種にフィットしない人を切るのが大変で、非効率的な一面もある」という風に捉えるようになる。中立的な意見を生み出すこと自体は、過激な人たちもできるだろう。穏健派の人たちが違うのは、おそらくそういった中立的な意見を心底信じていることだ。

穏健派が穏健派でいられる決定的な要因は、海外にいながらにして日本でも生きていくキャリアパスを、漠然とかもしれないがキープしているからだ。つまり、日本社会のレールから、留学あるいは就職というかたちで一時的に離れても、後で戻れる足場が確立されている、いわゆるエリートたちだ。そう考えて思い返してみると、ぼくがこの一年で会った穏健派の日本人たちは、みな知的階級の人間だ。

個人的には、この国際的穏健派エリートたちが、日本の将来に大きな影響を与えると思っている。彼らは日本の良さを海外にアピールし、また日本の抱える問題点を、建設的なかたちで指摘することができるからだ。日本を妄信的に崇めるだけならば国粋主義者のエリートもできるし、日本の悪口なら普遍的アンチ日本クラスタに任せればよいだろう。ただ、両方とも非建設的であるばかりで、日本という国の何の役にも立たないので、あくまでも娯楽の一環でしかない。過激な意見が飛び交うのは楽しいが、やはり変化が起きるのは、穏健派が位置する境目だと日頃から感じている。

Instagramの創業者たちに学ぶこと

インターネット業界での今週一番の話題は、間違いなくFacebookによるInstagramの買収だろう。買収額は株式と現金で10億ドル(800億円)と言われ、Facebookの企業買収としては、最高規模だ。収益ゼロにも関わらず、うなぎ登りのユーザー数で話題を席巻し、あっという間に巨額で買収されるにいたったInstagramのシンデレラストーリーは、6年前に似たような経緯でGoogleに買収されたYouTubeを彷彿させる。

シリコンバレーは内向きで偏った場所なので、連日この買収劇の話題だ。誰が会社の何パーセントを持っていたんだ。5000万ドルの資金調達の直後に買収されるということは、誰かが裏で糸を引いていたんじゃないか。Facebookに買われてしまったInstagramの将来はどうなんだ。個人的には、勇気を持っていいアプリを作り、それがうまいタイミングで評価されたって話でいいじゃんというところだが、いろいろとニュースを読むうちに、2、3思うことがあったので、書いておこうと思う。

コードが書けると(テクノロジーの世界では)起業しやすい

Instagramは、Kevin SystromとMike Kriegerという二人のスタンフォード大学の卒業生が始めた会社だ。SystromはGoogleで2年あまり経験を積んだあと、Nextstopというスタートアップでマーケティングの仕事をしていた。昼間マーケティングの仕事をする傍ら、独学でプログラミングを覚え、その過程で作ったのが、ネットに写真をアップロードし、共有できるアプリだったらしい。これを友人たちや投資家に見せたところ、まわりが興味を示し、資金を貰うことになったので、Nextstepを辞めることにした。実はこの時点で作っていたのはInstagramではなく、Burbnというアプリで、写真はアップロードするものではあれ、エフェクトをかけるものではなかったそうだ。そのSystromが、当時インスタントメッセージの会社Meeboで働いていたKriegerにひょんなきっかけで会い、Burbnのプロトタイプを見せたところ、Kriegerが興味を持ち、結果的に一緒に会社を興すことになったらしい。Burbnの開発を二人でする過程で、ひょっとしたら写真一本、それも写真に自在にエフェクトをかけることに専念した方がいいのではという結論になり、8週間の開発期間を経て誕生したのがInstagramだ。そっからさきは周知のとおり、ひたすらユーザー数が増え続け、2011年のiOSアプリ・オブ・ザ・イヤーに輝くことになる。

ここで大事なことは、Systromが独学でプログラミングを覚え、プロトタイプを作ったということだ。百聞は一見にしかずというが、いろいろとごたくを並べるよりも、ひとつ製品にした方が、資金を調達するにしても、友達を巻き込むにしても、圧倒的に説得力がある。素晴らしい机上の空論よりは、泥臭くても手にとって動かせるものというわけだ。テクノロジーの世界でのプロトタイプというと、やはりソフトウェアなので、プログラムが書けないとなかなかプロトタイプは作れない。プログラムが書ける友達に頼んで作ってもらうことも可能だろうが、やはり自分で開発できるに越したことはない。プログラミングそのものは、そこまで難しいことではないが、一人でプロダクトのコードを書ききるのはそう簡単なことではない。Systromが圧倒的にすごいのは、経験が少ないなりに、とにかく自分でプロトタイプを作りきるガッツがあったことだ。

技術の世界で起業したければ、コードを書くことだと思う。最近だと、Wantedlyの仲さんの話が記憶に新しい。難しいシステムプログラミングの話だとか、コンパイラの設計とかなら別だが、ウェブやモバイルのサービスのプロトタイプを作るのに、文系や理系、賢さや飲み込みのよさなんかは二の次で、やる気と興味があればどうにでもなる。

CSを知っているとか、すごいプログラマーであることは、利点の一つでしかない

Systromが独学でプログラミングを覚えたといったが、Mike Kriegerもコンピューターサイエンス専攻ではない。彼の専攻はSymbolic Systemsという、情報学や言語学、哲学や認知心理学がごっちゃになった多分野をまたぐ専攻で、彼自身はHuman Computer Interactionを勉強していたそうだ。もちろんその過程でプログラミングのクラスは取っただろうが、Instagramを始めた時点ではLinuxのシステムコールに関してはほとんど無知だったらしい。Instagramを運営する過程で、必要に応じて覚えていったというわけだ。

僕自身は一応修士でComputer Scienceを学んだが、正直ウェブやモバイルのプログラミングをするうえで、Computer Scienceの知識というのは「あれば得かもしれない」レベルのものだと、常々思っており、Instagramの共同創業者たちの話がそのいい例だと思う。SystromもKriegerも、それはそれは賢い人たちだろうが、プログラミングひとつをとれば、彼らを遥かに凌駕する人たちはそこらじゅうにいるのだ。もちろん技術力があるに越したことはないけれど、別に凄腕のプログラマーでなくても、諦める必要はない。

「何をしているか」より「どこにいるか」

Instagramが最初にスケーリングの問題にぶち当たった時に、Systromが電話をかけたのが、元FacebookのCTOで、Quoraを運営しているAdam D’Angeloだったそうだ。Systromはスタンフォードの学部時代に、D’Angeloと知り合い、その後も交友を続けてきた。「サービスが刺さって困ったなあ。僕の知り合いで一番賢い人は誰だ。そうだAdamだ。」ということで電話をかけたところ、快く相談に乗ってくれ、様々なスケーラビリティに関するアドバイスをくれたそうだ。

ちょっとお金の話になるが、D’AngeloはInstagramのSeries Aの資金調達に参加している。もう一人個人投資家としてSeries Aに参加したのが、Twitterの発案者であるJack Dorseyだ。実はSystromは学生時代、Odeo社でインターンをしている。ご存知の方もいるだろうが、Odeoは、Twitterの前身となるポッドキャストの会社で、Twitterは、エンジニアをしていたJack Dorseyのサイドプロジェクトだった。ポッドキャストが金にならないということが明確になり、Twitterに蔵替えしたというわけだ。この事実と、Jack DorseyがInstagramのSeries Aに参加していることは、無関係ではないだろう。

そして先にも書いたように、Kriegerもスタンフォード大学卒で、Systromの2学年下となる。

なんでこんな話をするかと言えば、Instagramの成功を考えるうえで、「場所」の重要性は外せないと思うからだ。もちろんシリコンバレーという地理的な「場所」もそうだが、スタンフォードという「場所」、FacebookのCTOと知り合うバーティーという「場所」、Twitterの発案者と一緒に働くという「場所」。シリコンバレーが自由でオープンだというのは、所詮建前で、やはりスタンフォードだのMITだのの名前を振りかざせば、それだけ開く扉も多い。もちろんそういった恵まれた「場所」にいても、何もしなければ結果はついてこない。でも、スタートする「場所」が違うだけで、同じゴールでも、必要とされる努力と運は大きく異なる。日本の片隅にいる凄腕ハッカーよりも、スタンフォード大学でコンピューターと無縁の勉強をしている学生の方にスポットライトが当たる。不公平かもしれないが、それがシリコンバレーの現実だと、Instagramの買収を見て再認識させられた。どうにかしてスタンフォードの学生になることが、シリコンバレーでの成功への最短距離というのは誇張かもしれないが、あながち嘘ではない。

断っておくが、SystromにしてもKriegerにしても、スタンフォードを卒業した「だけ」の人たちでは決してない。2人とも、Mayfield Fellow Programという、スタンフォードの学部で12人だけ選ばれる通年の起業プログラムに参加しているし、 SystromはManagement Science & Engineeringという専攻で主席だったそうだ。ただ、全く同じスペックの2人が日本で出発していたら、なかなか2年で800億円というわけにはいかないだろう。「何をしているか」の価値がゼロということではなく、それだけ「どこにいるか」の価値が大きいということだ。

まとめると

日本にいて、いきなりスタンフォードやらMITに行くというわけにはいかないだろう。ただ、技術力はいくらでもつけられるし、また技術力がある人たちは、いかにしてそれを世界に発信できるかを考えてほしい。スタートアップの成功の話を聞くと、大方お金やプロダクトの話になってしまうが、本当に学べる要素があるのは、お金なりプロダクトにいたるまでのプロセスの方だと思う。


今日書いた話のほとんどはInstagramの創業者たちのプレゼンQuoraに書いてあったSystromの文章がベースになっている。

採用について思ったこと

最近、採用について考えることがあった。

ぼくが知っているのは金融、それもトレーダーの採用と、ソフトウェア産業、それもエンジニアの採用だけだ。一見まったく違うふたつの職種だが、採用プロセスに関して言えば、結構似ている。具体的に言うと、両方とも、面接官が問題を与え、それを希望者がその場で解くというものが多い。もちろん、「この人はうちの会社でうまくやっていけるだろうか」といったフィット的なことも質問するし、経験豊富な人材なら、前職での仕事内容を聞いたりもする。ただ、最低でも一問くらいは、「この確率問題を解いてください」とか「この関数を実装してください」といった、答えが比較的はっきりした、大学受験的な問題を聞くようになっている。

この大学受験的な問題の使い方は、大きくわけてふたつある。絶対的評価と、相対的評価だ。絶対的評価の場合、あらかじめ基準を定め、それと比較して、どれだけ面接者が正しい(とされる)結果を導き出せるかを見るというものだ。いわゆる「できて当たり前」な問題は、絶対的評価のもとに行われることが多い。その一方、相対的評価は、「他の面接者と比べ、どれだけ結果を出せたか」を見ることになる。難度の高い問題や、いくつものステップがある問題の類は、この傾向が強い。例えば、前に友人から聞いた問題で、「まっさらの仮想サーバーを貸しますので、2時間以内に、株式の銘柄を入力し、ボタンをクリックすると、最新の株価が出力されるウェブアプリを作ってください」というものがある。友人いわく、MySQLやPHP/Perl/Rubyをインストールし、簡単なテーブルを定義し、データを取ってくるスクリプトを書き、そのデータに対してシンプルなHTMLを記述する「だけ」なのだが、大体の人は、最後まで到達しないそうだ。なので、最後まで到達した人には、彼は無条件で高評価を下すらしい。ここで重要なのは、友人の論理は、「この難しい問題が解けたから、この面接者はすごい」ではなく、「大体の人が終わらない問題を終わらせられるこの面接者はすごいに違いない」だということだ。彼自身が、問題に対して絶対的な評価基準を持っているのではなく、評価基準が、面接者の実際のパフォーマンスによって、後から設定されているというわけだ。

ここに、採用における相対的評価の問題点がある。それは、相対的評価は、目下の面接者の能力を、他の面接者としか比較していないという点だ。これの一番の問題は、面接者の質が総じて低かった場合、さして能力が高くない面接者に、誤って高評価を下してしまうことだ。先の友人の例だと、彼が面接する人たちが、(少なくともちゃっちゃと簡単なウェブサイトを作るという点において)、みんな能力が低いだけかもしれず、例え2時間で株価ビューアが作れたとしても、それが必ずしも高く評価される程の能力ではないということも考えられる。株価ビューアを1時間で作った人を喜び勇んで採用してみたが、実際の業務をやらせたら、イマイチだったなんてことは、容易に考えられる。

じゃあなんでもかんでも絶対評価にすればいいというわけではない。そもそも絶対的な評価を下せない問題もあるし、絶対的評価にこだわると、逆に質の高い人材を取りこぼす怖れもある。例えばこんな話が考えられる。

ボス:「おい、今日面接した人たちはどうだった。」

エンジニア:「全員×です。もう人事にレポートしときました。」

ボス:「え?どうダメだったんだ」

エンジニア:「いやあ○×アルゴリズムを実装してくださいって言っただけなんですけどね。誰も出来ないんすよ。」

ボス:「お前、その話マジか。」

エンジニア:「マジっすよ。誰も書けないんすよ。」

ボス:「バカ!○×なんて書けなくて当然だ。この会社でも書けるのはお前だけだ。」

エンジニア:「え…」

もちろんこの例は極端だが、絶対的な基準は、低すぎる場合には「全員できるから、なんの参考にもならずムダだった」で済むが[1]、高すぎた場合、あるいはとんちんかんな基準だった場合、良い人材をはねてしまうことになり、その人がライバル会社に行ってしまうなんてことも考えられる。

要は何が言いたかったかと言えば、採用って難しいという話だ。もちろん、ぼくが今日書いたことなんてのは、ほんの一部の話で、面接の質問以外にも、給与の設定、合否までのタイムライン、不採用の際の連絡の取り方、面接に割く人的コストなど、いろいろと考えなくてはいけないことはたくさんある。会社での仕事というと、病院なら診察や手術、弁護士事務所やコンサルタィングファームなら案件、ソフトウェア会社ならプロダクトといった主要サービスばかりに目が行きやすいのだが、採用というのは、どの会社にとっても生死のカギを握っている重要な仕事だと、常々思っている。


  1. 簡単すぎる問題の一つのリスクは、優秀な面接者が、呆れたり憤慨したりして、会社に対する興味を失ってしまうというものがあるが、個人的には、このリスクは、「良い人材を見過ごす」リスクよりは低いと見ている。
買収祭り

先週と今週は、シリコンバレーでは買収祭りだった。

まず、TwitterがPosterousを人材買収した。Posterousは、2008年に始まった、メールで更新できることが売りのブログサービスだったのだが、この1年ほどで完全にTumblrに水をあけられてしまった感じだ。メールで簡単に更新できるインターフェイスは、ブログという飽和しきったプロダクトの中では斬新だったが、あまり有用でなかった気がする。長文をメールに打ち込むことなんてまずないし、短文や写真だったら、TwitterやInstagramがある。もう一つのPosterousの敗因は、去年リリースした、Posterous Spaceという、いわゆるソーシャルな機能だ。正直意味不明だ。個人的には、ブログサービス一本で勝負していた方が、まだ成功する可能性があったんじゃないかなと思う。

お次は、Green DotによるLooptの買収だ。Looptは、2007年に、まだ何もコードも書けない時に面接してもらい、見事に落とされたのだが、モバイルの世界で、いち早く位置情報を利用したサービスを展開してきたことは、評価されるべきだと思うので、一区切りついたことは嬉しく思う。完全に下火のサービスが4300万ドルで買収って高すぎじゃないかとか、著名なベンチャーキャピタルファームのSequiaが、Green DotとLooptの両方にお金を入れている時点で胡散臭いとか、いろいろと厳しい意見も行き交っている。でも、Stanford大学を退学してLooptをはじめたSam AltmanとNick Sivoの勇気と先見の明が、それなりに評価されるのは大事なことだ。スタートアップ買収の副作用–起業を夢見ている優秀な学生を鼓舞させること–というのも忘れてはいけない。

そして正確には買収ではないのだが、Diggで知られるKevin Roseが、Google先生で働くことになった。Kevin RoseはDiggに見切りをつけた後、Milkというインキュベーター的な会社をやっていたのだが、そこの最初の製品であるOinkも閉鎖し、Googleに転職したようだ。どうやらMilkの社員数人も一緒にGoogleに入社したようで、実質的な人材買収だろう。Kevin RoseはBusiness Weekの表紙も飾ったことがあるインターネットセレブなので、Googleとしては、その知名度をGoogle+に活かしたいようだ。

まるでつまらない話になってしまった。オチも何もないという。あえて一言いえば、先の3社の買収に共通しているのは、やはりスタートアップも、ビジネスモデルがなければ、人材買収以上の結末は期待できないということだろうか。そんなのは当たり前のことなのだが、投資家のお金があふれているのが現状なので、「とにかく面白そうで、ユーザーが増えれてばいいや」的な会社が数多くある。先の3つの買収は、「それでもいいけど、ビジネスモデルがないとせいぜい人材買収どまりだよ」ということなのかもしれない。

16年越しの決断術

16年来の付き合いの旧友が書いた本を読んだ。「東大式決断術」という、タイトルで釣りにいく気満載の本だ。

東京の有名な私立小学校に通っていた彼と、多摩川を臨むいたって普通の公立小学校に通っていた僕を引き合わせたのは、中学受験だった。ぼくの学区の中学校は評判がよろしくなく、小学校3年生の頃から、回避手段として中学受験することを漠然と考えていた。どうせ受験するならば真剣にやろうということで、スパルタで知られていたサピックスという塾に、小学校3年生の2月から通いはじめた。それも何を思ったか、どうせ通うなら、本校に通いたいということで、家から一時間近く離れた日本橋の本校に通いはじめた。「東大式決断術」の筆者、今井くんは、そこでのクラスメートだった。それから丸3年、ぼくたちは机を並べて勉強した。

小学校時代のぼくは、とにかく勝ち気で、負けず嫌いで、思いやりのかけらもないイヤなヤツだったと思う。今の自分がいいヤツだというつもりは全くないが、今よりさらにイヤなヤツだったということは間違いない。塾のテストで誰よりも良い点数をとることだけが生き甲斐だった。来る日も来る日もひたすら机に向い、本番の受験がやってきた頃には、志望校に合格することとかは、二次的な問題になっていた。

それに比べ、今井くんは当時から、醒めていたというか、現実的だったと思う。別に成績が悪かったわけではないが、がむしゃらに勉強をしていた印象はなかった。小学校の学校行事もきちんとこなし、塾でも、一番ではないが、それなりに良い成績をとっていた。

そして1998年2月、ぼくたちは中学受験をし、無事志望校に合格し、同じ中学に行くことになった。ぼくは14歳で渡米し、海の向こうでの生活を選んだ。今井くんは、一緒に入学した進学校で中高を過ごし、東京大学に進み、ロースクールでエリート街道まっしぐらだ。いや、正確には、この本を読むまで、彼はエリート街道まっしぐらだと思い込んでいた。

この「東大式決断術」という本は、通読すると、あたかも「賢い東大生が教える、もっと効率の良い人生の生き方」の本のように思える。でも、各章の冒頭で引用される偉人たちの言葉と、ちきりんを彷彿されるイラストの間に、彼が口頭では絶対に語らない、苦労と努力を垣間みた。

ぼくの中での今井くんというのは、何事もそつなくこなす、優等生だ。イケメンで、運動神経もよく、音楽にも長け、超がつく高学歴。こんなにいろいろと兼ね備えた人も珍しい。でも、そうすぐに万能人間は生まれないわけで、彼には彼なりの苦労と努力があったのだろう。この本に書いてあるアドバイスを、彼はおそらく逐一実行しているのだ。昔、ぼくの家に来ていても、寝る前の腹筋運動を欠かさなかった彼を見て、「まるでThe Professionalの殺し屋だな」と思ったが、今ふりかえれば、あれも能動的に人生を生きる彼のスタンスの一面だったのだ。この本には、有名どころの自己啓発やマネジメントの本が数多く引用されているが、最大の参考文献は、創意工夫とたゆまぬ努力で人生を頑張ってきた今井くんの実体験に違いない。彼の半生も、ぼくが知ることのない失敗や試行錯誤の連続だったのだろう。

タイトルの「東大式決断術」は、「東大法科大学院に在籍の都会のスーパーエリートが語る、実は僕だって散々辛酸をなめてきたし、挫折も味わっている式決断術」の略で、カバーデザインの都合上、大幅に短縮されたのだろう。一見パーフェクトなエリート野郎も、いろいろと失敗しているんだよということを知るためだけにも、一読を勧める。中学受験の狂気の中でも、バランス感覚を失わなかった彼ならではの本だ。

別にお涙ちょうだい的な本では全くないのだが、読み進めるうちに、塾で机を並べたこと、一緒に中学合格を祝ったこと、志賀高原で一緒にスキーをしたこと、ぼくが渡米する前夜に麻雀を一緒にしたこと、中学生の時にセックスしたいと叫びながら我が家のベッドで跳ねていたこと、自宅に電話するといつも丁寧に「はい今井でございます」と電話口に出てきたこと、中学生の頃から言っていた弁護士になるという夢を着実に実現しつつあることなどを思い出し、不覚にも涙腺が緩んだことを、恥ずかしながら報告しておく。

たけ、これからもよろしく。