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Role Model

ぼくは今でもほとんど毎日、辞書で英単語の意味を調べる。

知り合いにこのことを打ち明けるとみんな驚くのだが、ブログ・雑誌・本などを読んでいて意味がわからない単語が出てくるので仕方がない。知ったかぶりするよりは調べてしまったほうが気分もいい。昔と違い、今はスマートフォンでもノートブックでも手軽に辞書が引けるので、大した労力もかからないし。

ちなみにぼくはアメリカに移住してほぼ12年になる。この時点で読者の反応は目に見えている。「お前相当バカなんだろう」

確かにぼくはバカかもしれない。でも正直、日本でバイリンガルとされている知識人たちの英語は、大方笑ってしまうほど稚拙だ。エリート然しているにも関わらず、概して使う単語は(日本の)中学生レベルのもので、文法もお粗末だ。たまに、「二日前にEconomist誌で仕入れてきた」感じの難しい形容詞なんかも使ってみるが、板についていないので、発音も用途も不自然だ。準備をすればジョークの一つくらいは言えるかもしれないが、その場で相手の冗談に切り返す余裕はないように見える。

昔から日本人は英語が下手だと、世界中でバカにされてきた。その理由はいろいろとあるだろう。言語学的にも日本語と英語は限りなくかけ離れているというし、失墜したといえど、日本経済は未だに巨大で、外国語を話す必要性というのが今まであまりなかった。

これらの理由に加えて、日本人の英語のレベルが低いもう一つの理由に「英語が『できる』とされるレベルが低い」というのもあるんじゃないかと思う。

Role Modelという言葉がある。「目標とする人物・生き方」といった意味だ。ぼくは常々、Role Modelを持つことは人生で一番大事なことだと考えている。「あの人みたいになりたい」「ああいう生き方をしたい」と毎日心の中に秘めることで、難しいことにもチャレンジしよう、もう少しがんばろうと人は思える。素晴らしいRole Modelは、その人のポテンシャルを解き放つカギとなりえる。

例えば、Computer Scienceの分野では、女性にとってのRole Modelの不足が長年嘆かれてきた。Grace HopperFrances AllenBarbara Liskovなど、今までに何人か素晴らしい女性のComputer Scientistが誕生したが、男性に比べると圧倒的に少数だ。Computer Scienceのオタクっぽくて不潔なイメージも加担し、Computer Scienceに進む女性はほんの僅かで、アメリカ全土のComputer Science専攻のうち女性の占める割合は14パーセントといわれる。そんな中、南カリフォルニアにあるHarvey Mudd大学では、女性がComputer Science専攻の42パーセントを占めている。

何がそんなに違うのだろうか。実はHarvey Muddの学長は、女性Computer ScientistなのだMaria Klawe氏は、2006年に、プリンストンの工学部長の席をおり、Harvey Muddの学長に就任した。学長が自分たちと同じコンピューターオタクであることほど心強いことはない。大学という男中心の社会の、さらにComputer Scienceという男ばっかりの分野から学長の地位まで登りつめたKlawe氏は、女性にとってまさにRole Modelだ。—私もひょっとしたらKlawe先生みたいになれるかもしれない—女の子のComputer Science専攻者の数が急増するのもうなずける。

話を戻そう。

ぼくは、日本人が英語を話しているのも見て「ああ、この人みたいに英語が話せるようになりたいな」と思ったことがない。これは今も、英語が今よりさらにわからなかった10年前も一緒だ。それもそのはず、英語圏に5、6年いただけで英語ができるようになったと錯覚し、テレビに出てきて堂々とつたない英語を話す人たちばっかりだからだ[1]。時間があればFareed ZakariaとLee Kuan Yewの対談を見てほしい。インド人ならZakariaを、シンガポール人ならYewを見て、そこにRole Modelを見いだすだろう。残念ながら日本人で、ZakariaやYewにあたる人は皆無と言っていい[2]。Role Modelの乏しい環境で良い結果を望むことは難しい。

ぼくは英語を覚えろと言う気もないし、上から目線で覚える必要はないという気もない。ただ、英語を学ぶと決めたら、高い目標を持って努力し続けてほしい。アメリカに数年来たくらいで、英語ができると錯覚しないでほしい。New York Times紙の記事を、辞書を引かずになんとなく理解できたからといって、英語ができるとうそぶかないでほしい。昔から数多くの英語学習法が喧伝されてきたが、一番の学習法はRole Modelを見つけ、ひたすら地道に勉強することだ。もし読者の中に、真摯に「すごく英語ができるようになりたい」と思っている人がいるならば、Harvey Muddのギークな女の子たちにとってのKlawe博士のような、素晴らしいRole Modelが見つかることを願っている。


  1. Mr. Mikitani, I am looking in your direction.
  2. Joi Ito氏は数少ない例になり得るが、彼のホームグラウンドは日本ではないように思える。

2011-10-05