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小保方さんと「リケジョ」:日本のマスコミ再考

STAP細胞なる何かすごいものを、小保方晴子さんという日本人が発見したらしい。そして、日本の全国紙および在京キー局の彼女の取り上げ方が、物議を醸している[1]

各紙各局の報道に憤激している方々の意見をまとめると、

  1. 「女性」「若い」「理系」といったキーワードにばかり反応し、
  2. 「ばあちゃんの割烹着」と「女子力」をモチーフに、厭らしいまでに「ふつうのアラサーの女の子」っぽさを強調、
  3. そのくせ肝心な研究内容については満足に触れず、
  4. 挙句の果てにはFRIDAY的なパパラッチ夜討ち朝駆けを繰り広げるマスコミ、否、マスゴミども、
  5. 恥を知れ!

ということらしい。

ぼくも、男尊女卑を暗に肯定している日本の風潮は好きじゃないので、口角泡を飛ばすアンチ「リケジョ報道」派の気持ちもわからなくない。ただ、バカの一つ覚えのように尊欧攘日を繰り返し、海外のメディアと日本のメディアの報道の違いを列挙して日本のマスコミをdisる迷路馬おばちゃんの愚文を読んでしまうと、少し立ち止まって考えるべきかなと自省するのだ。

ひとしきり海外の新聞と日本の全国紙を比較した迷路馬さんは、日本の一流メディアが「欧州のゴシップ紙以下の内容」を報道する理由をこう言い切っている。

[記者や記事を選ぶ人々]の頭の中は「何々はこうあるべきだ」「女はこうだ」「大衆はこうだ」という偏見と固定化された人物像で満杯なのです。

Twitterには沢山の怒りの声が上がっていました。読者はバカではないのです。そして、バカにされる事にウンザリしているのです。新聞は読者数が減っているそうです。

果たして本当にそうだろうか?親父がブンヤだったことや、仕事で新聞記者や編集者の方々と交流する機会が多々あることもあり、新聞記者や編集者がどんな人種か、それなりに把握しているつもりだ。中には人格的に破綻している人や、相当風変りな人もいるが、地頭がよく、世の流れに関する嗅覚が鋭い人が多い。思想に関して個人差はあれ、迷路馬さんが言うような、「偏見と固定化された人物像」を持ち、それを新聞やテレビという巨大媒体を通じて垂れ流すウンコ野郎たちではないと断言できる。

じゃあ何で日本のメディアの報道は、「アラサー若手リケジョの割烹着」ストーリーに収束してしまうのか。

またまた迷路馬さんと意見を画すようだが、それが読者の大半が望んでいることであり、その大意を編集者たちが汲み取っているからだ。

迷路馬さんは、自分の小さな牙城であるツイッターから、彼女に対する賛成意見をいくつか引用し、それを証拠として論を進めている。ただよく考えてほしい。ツイッターをやっている日本人と、新聞を読んでいる日本人、どちらの方が数が多いだろうか?どちらの方が新聞にとって大事な読者層だろうか?ご存知の方も多いだろうが、発行部数で言えば、読売/朝日/毎日/日経は、世界1/2/3/6位(2011年時点)だし、迷路馬さんが良いお手本にあげている新聞は、トップ10に1つもランクインしていない(9位の中日新聞とか、ドラゴンズファンどんだけやねん)。欧米日で、新聞のビジネスモデルも配布モデルも違うので、これだけで潜在読者層を測れるとは思わないが、少なくとも日本に関して言えば、ツイッターの声で日本の世相を推し量るのは早計に過ぎる。

それでも仮に、引用されているツイッターの声が多数派だとしよう。そしたら、その声をガン無視してまで、小保方晴子さんを「リケジョ」呼ばわりし、ペットの亀とばあちゃんの割烹着、「女子力が高かった」とコメントを寄せる担当教授の話を、紙面スペースを巡って記者たちが凌ぎを削る全国紙に堂々と載せるほど、新聞社の編集委員たちはバカなのだろうか?

確かに新聞は、軒並み読者数が減っている。ただそれは新聞が世間の声に耳を傾けず、時代錯誤な発言を繰り返しているからではない。読者数が減っているのは、迷路馬みたいな代替的エンタメ…じゃなかったメディアが出てきたり、情報消費のオンライン化の波に新聞社が上手く乗れてなかったりといった、コンテンツ外の要因の方が大きい。そして、マスコミというのは壮大な広告ビジネスなので、読者を再獲得するべく、むしろ大衆迎合主義に傾いてきていると言っていいだろう。

迷路馬さんを支持・フォローするような意識の高い御仁たちには理解不能かもしれないが、今回のようなSTAP細胞に関する報道を、何も疑問を持たず、むしろ面白いコンテンツとして読んでいる人たちが、日本人のほとんどなのだ。

え、信じられない?

今あなたが帰宅ラッシュ真っ只中のホームに立っているなら、疲弊しきった躯をトレンチコートにつつみ、次の急行を待っている、たぶん中間管理職のおじさんのうら寂しい横顔が、隣にあるかもしれない。

今あなたがオフィス街を歩いているなら、さっき営業先でヘマこいて先輩から喝を入れられ、憂さ晴らしにパチンコ行こうかなと迷っている、新人営業マンの不安な面持ちとすれ違うかもしれない。

そんな彼らが手に取った新聞に、STAPだかSMAPだかわからない細胞の話が滔々と書いてあったら、その疲れたアタマで読みたいと思うか?それより「妙齢でそれなりに可愛いリケジョ」に萌えたい男(そう、恐らく全国紙読者の多くが男だ)が大半じゃないのか?

重ねて言うが、ぼくは日本のマスコミを擁護しているわけではない。ただ、大衆迎合主義の広告枠売りサービスに進化しつつあるマスコミは、読者・視聴者の潜在的ニーズを映し出す鏡であり、今回の右ならえリケジョ報道は、日本人の持つ女性・科学者・若者という三大マイノリティに対する偏見を映し出している可能性も否めないのだ。

マスコミをdisるのも結構だが、日本人の価値観を見つめ直すきっかけにもしてほしい。それだけっす。


  1. 日経毎日産経読売。迷路馬、リサーチありがとな。

2014-02-01