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高橋大輔さんの日本代表選考について:日本スケート連盟の方々へ

この度は、全日本選手権の大会準備・運営、そして来たる2014年のソチ五輪の代表選考、お疲れ様でした。20年来のいちスケートファンとして、また、会場で選手、コーチ、振り付け師、大会関係者、そして一万五千人の観客の方々と、多くの感動を分かち合わせていただいた者として、感謝の気持ちで一杯でございます。

と、同時に、いちスケートファンとして、苦言を呈したく、公開のお手紙を書かせていただいております。

男子シングルの高橋大輔さんを、日本代表としてソチ五輪ならびに世界選手権に選出されたことです。

私は、スケートに造詣の深い家庭に育ちました。それこそフィギュアスケートがお世辞にもメジャーとは言えない時代から、家族ぐるみでスケートを観戦して参りました。佐藤有香、鍵山正和、田村岳斗、荒川静香、本田武史、村主章枝。往年の名選手の演技は、今も私の脳裏に、少年時代の一コマとして、家族の思い出として深く焼き付いております。

それだけ長い間スケートを観てきたものですので、日本のスケート界に於いて高橋大輔さんの占める存在感と貢献の多大さは、十分に理解しているつもりです。メダルを取ることが快挙だった日本から、メダルの色にこだわる日本へ。高橋大輔さんは、その立役者の一人であり、間違いなく、日本の至宝です。

ただ、ただです。高橋大輔さんが日本の至宝であることと、御連盟が、非営利団体として、そして日本スケート界を牽引する母艦として、オリンピックならびに世界選手権の代表を、選手たちが納得できるかたちで選出することは、別ではないでしょうか?

一昨日、昨日と高橋大輔さんの演技を観た識者なら、彼のコンディションが万全でないことはすぐにわかることと思います。そして、フィギュアスケートはスポーツですので、彼の不調は結果として表れます。あれ程の表現力と天性の音を取る力に恵まれた彼でさえ、4回転ジャンプに転倒し、各要素のキレが悪ければ、点数は出ません。それが、5位という結果です。それが、スポーツです。

そう、フィギュアスケートはスポーツなのです。1万5千席×3日×1万円/席=4億5千万円分のチケットが売れ、スポンサーも引く手あまた、各種グッズが飛ぶように売れ、キー局による大々的な宣伝と放送が行われる今日、我々長年のファンでさえ、全日本スケートがアマチュアスポーツであることを、うっかり忘れてしまいそうになります。

ただ、スポーツである以上、結果を決めるのは、ルールに準拠して算出された評価であるべきで、感情論や浪花節、ましてや商業的な理由であってはならないと考えております。

単刀直入に申し上げます。あなた方は、今回、ソチ五輪前の最後の公式戦である全日本での高橋大輔さんの演技を観て、今現在、彼が日本第3位の選手だと、客観的に胸を張れますか?高橋さんの涙に同情してしまった自分が、心のどこかにいませんか?高橋さんがオリンピックに出るとなれば、マスコミも盛り上がってグッズも売れるのではという、打算的な邪心が働いていないと確信できますか?

スケートのために人生を捧げ、スケート先進国日本の今を築いた立役者に、五輪という最高の舞台で花道を飾らせてやりたい—その気持ちは、私にもわかります。そして、今のスケートの隆盛が、高橋さんをはじめとするトップレベルの選手達と、彼らを大きく取り上げてきた新聞やテレビに依るところが大きく、マスコミの影響力や資本的な側面を無視できないこともわかります。事実、同じ立役者でも、小塚さんや織田さんではなく、より華があり、観客を魅せることができる高橋さんが五輪代表に選ばれたことで、御連盟やテレビ局の来4半期の予想利益は大幅にアップしたことと察します。

スポーツの世界に大人の汚いロジックを持ちこんで許せない—そんなことが言いたいわけではございません。ただ、全日本というプレッシャーのかかった大舞台で3位に入賞し、誰がどう見ても高橋さんよりもコンディションの良い小塚さんを選ばなかったということは、もしかしたら御連盟がお考えになっているよりも、遥かに重い、不可逆な副作用を持つ決定かもしれないと憂いております。

スケートというスポーツは、所詮主観によるものだという誤解を生む決定。

数名のジャッジの決定よりも、1万5千人の嬌声が評価されるという決定。

眈々と演技し、運命は天に任せますとコメントして静かに去るよりも、右手を止血しながらテレビの前で涙を流す方が評価されるという決定。

予定調和という、本来ならばアマチュアスポーツと直交すべき概念を、偽造された感動のためにスポーツに持ち込むことが許されるという決定(なぜ、男子シングルの代表発表が最後にアナウンスされたのでしょうか。競技の順番で言えば、最初にアナウンスされるのが自然な流れではないでしょうか。偶然ならば、非常にラッキーです。事実会場のボルテージは最後の最後で最高潮を迎えました)。

日本スケート史に残るであろう名選手ですら、彼を「出してやれる」最終的な決定権を持つのは、点数評価ではなく、不透明な理事会だという、半ば権威主義な示唆を孕んだ決定。

私は、楽観的な人間ですので、今でもこれらの副次的な「決定」は、御連盟が意図されなかったものだと信じております。そして、元スケート選手であられるあなた方が、意図せずして、選手たちを軽んじ、一般聴衆に迎合してしまったという悲しみを、そっと胸の奥にしまい、ソチ五輪を観戦する所存であります。

長文、失礼いたします。

2013-12-23