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学歴≠学んできた歴史

以前も紹介したが、リリィさんという同僚がいる。昨日、午後6時をまわったくらいのことだ。普段あまり自分の席を離れない彼女が、ラップトップを小脇に挟み、すたすたぼくの席の前を歩いていった。

「えーリリィ今から顧客と会議!?」別の同僚が驚いて声をかけた。リリィさんみたいに企画担当の人が、ラップトップを持って席を離れる時は、会議室で顧客と電話会議と相場が決まっているのだ。リリィさんは足をとめ振り返り言った。「ちがうちがう。これからスタンフォードの公開授業を聞くの。ハワイ君と。」ハワイ君というのは、ハワイアン(ハワイ出身という意味だけでなく原住民の血が流れている)の男の子で、リリィさんの唯一の部下だ。

「へえスタンフォードの授業なんてすごーい」「すごくないわよ。公開授業だし、大学一年生が取るクラスよ。」「なんのクラス」「プログラミング入門のクラス。106Aっていうの。」「リリィ、プログラミングするの。」「できないできない。できたら公開クラスをネットで見たりしないw」

そんなやりとりをしているうちにハワイ君がやってきた。ハワイ君は精悍な日焼けした顔のイケメンで、背が高く、運動神経もよく、ジェントルマンだ。個人的にはいつかハワイ君とリリィさんの間に恋が芽生えるのではないかと期待している。彼の唯一の欠点を挙げるとすれば歩き方がおかしいことだろうか。まるでトランポリンの上を歩いているかのように、15センチくらい上下に動きながら、つま先を20度内側に向けて歩くのだ。

仕事に戻り、15分ほどしてスクリーンから目を離して見上げると、リリィさんとハワイ君が、ぼくの席の目の前にある6畳くらいの小さなガラス張りの会議室で、机を並べ、真剣にオンライン講義を聴いていた。それを見てふと考えてしまった。学歴とは一体なんなんだろうか。


素直な解釈をすれば、学歴とは学んできた経歴or歴史だ。でも、高い学歴を持った人が皆、きちんといろいろなことを学んできたかといえば、ノーだ。学歴の高い人ほど、ぼくの言いたいことがわかるのではなかろうか。受験にしろ就職にしろ周りから「おーすごーい」と言われるところへの行き方に関しては、たくさんのガイドブック(受験参考書)やツアープログラム(塾)が存在する。就職の面接にも定石はあるし、アメリカのMBAを受けるにしたってエッセイカウンセラーなるサービスがある(これはアメリカ国内にもある)。もちろんたくさんの言われたことを忠実に成し遂げるのは、かんたんなことでも楽なことでもない。多くの人にはそれだけの忍耐力も自制心も管理能力もないだろう。難関校を出た人やエリート企業で働く人たちが「優秀」と呼ばれるゆえんだ。

ただ勘違いしてはいけないのは「優秀であるかどうか・学歴が高いかどうか」と「学んでいるかどうか」は同義ではない。


大学時代にこんなことがあった。学部で数学をさっぱり諦めたぼくは、修士で理論的計算機科学をかじっていた。その時取ったクラスの一つに「乱択アルゴリズム」というクラスがある。このクラスは、担当していた教授が素晴らしく、めんどくさがりのぼくも欠かさずにクラスに行き、宿題もきちんとこなしていた。

学期も終わりに差しかかった第8週目のことだ。同じクラスのスネアキ君からメールが来た[1]。スネアキ君とはほとんど面識がなかった。実は学部4年の時に、教養のプログラミング入門のクラスを取り、そのときの僕のTAがスネアキ君だったんだが、ぼくは出不精で、彼が担当していた演習のクラスにめったに顔を出さなかった。「はじめまして!」で始まった彼のメールを読みながら「やっぱ向こうは覚えていないなあ」と苦笑いした。

メールの内容は単純で、宿題のやり方を教えてほしいというものだった。それも一問や二問の話ではなく、全問とも何らかつまずいているみたいだった。手取り足取り教えたら校則違反になってしまうので、それぞれの問題についてヒントを出すくらいにとどめた。すると数時間のうちにスネアキ君が再びメールで、さらに詳しく説明してほしいといってきた。しょうがないのでもう少しヒントを出した。今読み返すと「教科書の説明は自然対数のeを使っているだろ。それをなんらかの定数Tに置き換えるとチェルノフ不等式的なものが出てくるから、それをTに対して微分すればできる」とか書いてある。ヒントというか解き方そのものだ。結局スネアキ君とは2、3回メールをやりとりしたが、最後は面倒くさくなって返信するのをやめてしまった[2]

そのスネアキ君は、今全米でトップ3に入るコンピュータサイエンスの博士課程に在籍している。どの大学院を受けてもひっかからないような僕に宿題のやり方を聞いていた彼がだ。スネアキ君がアホで、自分が天才で、それを評価しない世の中は狂っているという話ではない。ただ、学歴の高いやつが、みんな自分のアタマで物を考え、学ぼうという姿勢があるといったら、スネアキ君の存在を否定することになってしまう。今もアカデミアの王道を進むスネアキ君にできなかった宿題がぼくにできた理由はカンタンだ。当時、ぼくはそのクラスの内容にとても興味があり、授業の外でも本を漁り、宿題とは別に教科書から演習問題を選んでは挑戦していた。要はぼくの方が彼よりも、乱択アルゴリズムに関しては、情熱があり、学ぶ意欲があったわけで、好きこそものの上手なれということだ。


ぼくの周りには結構のエリートがかなりの数いる。みんな要領がいいし処理能力が高いと思うが、全員が日々着々と新しいことを学び、考えを張り巡らしているかといえばそうではない。みんな日々努力するべきだとか、学歴の高い人が何も考えていないとかいう過激で間違った主張をしているわけではない。ただ「学歴が高いからこの人はきちんといろいろ学んできたに違いない」という思考回路をしていると良い人材を取りこぼしたり、期待はずれに終わったりすることもある。学歴偏重主義はカンペキではないというだけの話だ。

受付嬢として入社してから3年のうちに自分のプロジェクトを任されるようになった今、ソフトウェアの会社にいるからと、忙しい仕事の合間に時間を見つけスタンフォードのプログラミングの授業を聴講するリリィさん。宿題の点数が成績の大半を占めるからかしらないが、恥も外聞も勉学に対する真摯さもなく、クラスメートに宿題の解き方をメールで聞きまくっていたスネアキ君。ぼくがどっちに敬意を表するかは言うまでもない。

結局いまだに学歴の定義がなんなのかわからないが、「学んできた歴史」ではないことだけは確信している。


  1. 今考えると、彼の顔はスネ夫と堺正章を足して2で割ったような顔だったので、ここではスネ夫+マチャアキ=スネアキ君ということにする。
  2. 乱択アルゴリズムに興味がある(いい意味で)変わった読者の方へ。3冊ほど紹介しておく。ぼくが当時使っていたのが"Randomized Algorithms"。丁寧に書かれているが、結構難しく、演習問題の中にはかなり手強いものもある。次の"Probability and Computing"は、2、3章読んだだけだが、"Randomized Algorithms"よりも幾分とっつきやすい。3つ目はおなじみ数学ガールシリーズ。これはほんとにパラパラめくったことしかないが、日本語だし、啓蒙を目的としている(先の2つは教科書)ので、その分読みやすいかもしれない。

2012-01-21