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日テレの日本No.1の頭脳王!がヤバかった件

日本テレビの「日本No.1の頭脳王!大決定戦!」を見た。

結論から言えば、これほどヒドいクイズ番組も珍しい。途中いろいろと面白かったし、こうして話の種になっているので、日本テレビに大感謝なのだが、内容に関してはいろいろと言いたいことがある。以下、7割くらい批判的な考察。

いろいろな意味で主旨がわからない

まずなんといっても、番組の主旨がわからない。カンタンにまとめれば、頭の良い若者(+ロザンの宇治原)に難しいクイズをやらせ、その超人的なスピードと知識の豊富さに圧倒されている芸能人とアナウンサーが、ちょくちょくコメントするという番組だ。普通クイズ番組(平成教育委員会とか)は、大半の問題に対して解説がつくのだが、この番組では、基本的にどの質問も答えの正誤を発表するだけだ。バカな視聴者は「天才」たちを崇めていればいいということなんだろうか?「天才」たちの解答にそれなりについていける視聴者はともかく、何が起こっているのかわからない視聴者は、この番組を見て楽しいのだろうか?

番組の主旨がおかしければ問題設定も奇妙である。どうやって日本一の頭脳を決定するのかと思えば、問題の大半は、算数の問題か知識を問う問題である。雑学に詳しかったり、正確に加減乗除ができることは素晴らしいが、そんなもので頭脳は決まるものなんだろうか?アナウンサーが「知識の量が天才の証!」と叫んでいたが、そんなのデタラメだ。いずれにせよ、知識問題に関して言えば、出題の範囲が偏っている気がする。頭脳王を決定する以上、インテリな雰囲気を出したかったのかもしれないが、知識に善し悪しはない。ローマの王様や一等星の名前は聞いても、福岡県出身のAV女優の名前や宮城県出身のお笑い芸人の名前は聞かない。これではあたかもAVやお笑いに詳しい人たちの方が、ローマ/恒星マニアに比べて劣っているみたいではないか。

断っておくと、なかにはなるほどという問題もあった。例えば「2本の杭が地面に刺さっていて、杭は糸で結ばれている。片方の杭には輪っかがかかっている。この輪っかをもう片方の杭に、糸に触れずに動かすにはどうしたらいいか」という問題[1]や、数を並び替えるようなパズルなどは、知識よりもその場で考える力を要されるので、見ていて面白かった。知識問題でも、決勝の問題でひとつだけ面白かったものがある。「『巻耳 』と書いてなんと読むか」というやつだ。まきみみじゃないだろうなあと考えていたのだが、決勝に進んだ二人の解答を見て笑ってしまった。

オナモミ

オナモミ

え?

オナニーモミモミ?

実際はトゲトゲな植物らしい

あんまり納得できない問題設定だったが、これはNo.1のエリートを決める番組だと考えれば納得がいく。まず参加者のみなさんだが、とにかく知識が豊富で正確である。そして出題者の思惑を読み解く力を持っている。たとえば前半の早押しクイズでは、問題文を読みあげるアナウンサーを遮り、質問を半ば予想しながら次々と正答していた。これに対して「これだけでなんでわかってしまうのかー!」とアナウンサーが絶叫していたが、それは彼らが、出題者の思惑を、絶妙に読み解いているからだ。ひっかけの多い受験問題や高校生クイズなどで培った力だろう。

もう一つテストされていたのは、問題(マニュアル)を注意深く読む力だ。たとえば、円に2つの正三角形を上向けと下向きに内接させた六芒星の図の右に、「右の円に含まれる三角形の数はいくつか。」という問題が表示される。最初にボタンを押したのは、数学オリンピック金の関君で、小さい三角形6つに大きい三角形2つを足し、「8」と答えたのだが、これは不正解となる。なぜなら問題文には「左の円」ではなく「右の円」と書いてあり、「右の円」とは句点のことを指すので、答えは「0」というものだ。バカげた問題だと一瞬憤慨してしまったが、注意深さを問う問題だと考えれば、納得がいく。

豊富で正確な知識も、相手の意図を汲む力も、注意深くマニュアルを読む力も素晴らしい能力だと思う。でもそれが頭脳かといえばなんとも言えないし、天才の証しかといえば完全にノーだ。豊富で正確な知識と相手の意図を汲む力というのは、いわゆる「天才」よりも「優秀」の定義に近いのではないだろうか。「◯◯君を新しい部署に抜擢したいんだけど、どうかね?」「彼は極めて優秀ですよ」の「優秀」だ。そういった「優秀」な人を軽んじているわけではない。どんな組織も優秀な人間は、喉から手が出るほどほしいだろう。ただ、優秀であることと天才であることは違う。優秀さを測るクイズの勝者を天才と呼んでいる時点で、この番組は害じゃなかろうか。

ぼくの考える天才とは、既存の枠組みを超えたところで、ものごとを観察し、思索し、創造する人たちだ。パブロ・ピカソやフランク・ゲーリー、アインシュタインやヒルベルト、エジソンにライト兄弟。彼らに共通しているのあ、「そんなの無理だ」、「そんな考え方があったのか」と人々を驚嘆させるものを、独自の視点で創造してきた人たちだ。日本テレビの番組スタッフが日夜頭をしぼってつくった問題を解く行為のどこに創造性があるのだろうか。

ロザン宇治原すごい

7人の「天才」たちと準々決勝でしのぎを削ったのが、お笑いコンビロザンの宇治原だ。本人も高校生時代に、京大模試で全国2位をとったことがあるらしく、なかなか善戦していた。仕事だからかもしれないが、おそらく勝てない(というか番組的に宇治原優勝はまずい)クイズ番組にも関わらず、一生懸命に参加しているように見受けられた。今までにもラサール石井や辰巳琢郎などインテリ芸能人は何人もいたが、実力的にも、キャラ的にも、コストパフォーマンス的にも、ロザン宇治原は、頭ひとつ上だと感じた。

なによりも感心したのは、自らが敗退した後に、難問にポカーンとしている宮崎美子などに解説をしていたことだ。例えば、決勝の問題にこんなものがあった。

同じサイズのサイコロを積み上げてつくった大きな立方体[2]がある。今、立方体の6面のうち3面が見えている。見えていないサイコロの目の総和はいくつか?

確か京大医学部の子[3]が「513」とみごと正解を算出したのだが、宮崎美子はポカーンである。やはり彼女のホームグラウンドはペケポンのようだ。そこで宇治原がささやくのだ。「多分サイコロの数から全部の面の総和を計算して、そっから見えてる数を引いたんだと思いますよ。」

先ほども触れたが、このクイズ番組は、ものの見事に問題解説をしない。完全に視聴者もゲストも無視だ[4]。仕事とはいえ、ゲストだって一応クイズの内容についていきたいはずである。宮崎美子のような、ある程度インテリな芸能人ほど、その傾向は強いだろう。それを察してかわからないが、説明を補足していた宇治原、いや、宇治原さんは心配りのできるタレントだなと思う。

ついでに関根勤もすごい

こういう真面目すぎる番組に、程よいアクセントを加えてくれた関根勤には感謝したい。まず、番組開始時の参加者が8人というだけで「93年のK1グランプリも8人の闘いですから」とムリヤリ自分の得意分野につなげようとする。あと、準々決勝で、10枚の写真を紙芝居のように見せられて、その内容についてあとから質問するというものがあったが、マイクを振られた時のコメントは「ぼくは最初から諦めてました」。また、準決勝で、芥川賞の受賞者の名前だかローマの王様の名前だかを、知っている限り羅列するという問題で、一心不乱にペンを走らせる参加者を横目に「ぼくね、自分の知り合いもこんなに書けないですよ」。他のゲスト芸能人が、ちっとも面白みもない賛辞を参加者に送っているのに、関根勤はあくまでも自分本位である。普通の番組だったらうざく感じたかもしれないが、この窮屈な番組の中で、彼の笑いをとりにいくコメントは、手塚治虫の漫画に出てくる意味不明な一コマのように感じられた。単なる地のキャラを出していただけかもしれないが、ありがとうラビット関根。

結局何が言いたかったというと...

よくわからない。でもこの番組はいろいろな意味でげんなりするものだった。中学/高校/大学受験問題の焼き直しのような出題、もっともらしいけど浅はかなコメントをする専門家たち[5]、視聴者を無視した番組構成。これを楽しんで見る視聴者というのは誰なんだろうか。ぼくの想像が及ぶのは、参加者の親族と、準々決勝の前に脱落した92人[6]と、「学歴なんてなんぞのもんじゃい。ワシだってこんくらい知っとるわ」とコンプレックスと不満が合わさったような混沌とした心持ちの人たちと、なんにもわからないけれど賢い人たちが悦に入るのを見てニヤニヤしたい知的な意味でのマゾくらいだ。視聴率がどうだったかしらないが、もしこの番組を心から楽しんで見た視聴者がたくさんいなかったことを祈る[7]


  1. 輪っかの問題は、数学でいうトポロジーの問題だ。個人的には、数学と無関係な人が正解を出したら面白いのにと思ったが、やっぱり数学オリンピックの金メダリストが正答してしまった。
  2. 5×5×5だった気がするが確かではない。
  3. 東大だの京大だの学校名を強調するから名前を忘れてしまったよ。あと、参加者の頭の上に、名前じゃなくて肩書き(東大医学部・東大法学部主席・数学オリンピック・語学の天才など)を表示して区別するってどうなの。
  4. 江角マキコなんかももっともらしいことを言っているが、基本的にポカーンだ。だから「計算して汗をかくってすごくないですか?」とかいう、中身もなければ面白くもないコメントしかできないのだ。森永卓郎なんかほとんど映らなかった。そりゃそうだ。ホビットミニカーマニアは、わめいてなんぼで、ポカーンとしているところを映したところで全く絵にならん。
  5. まあいろいろインチキくさかったが、大学で数学を勉強したものとして、そして数学を研究している友人を持つものとして、「パターンに気づくのが数学的才能」というのは少しずれている。もちろんパターンに気づくのも大事だが、いろいろな分野の考え方を統合する力や、面倒くさい計算をいとわない忍耐力、将来性のある問題や分野を見極める力など、数学的「才能」にはいろいろな側面がある。
  6. 100人の応募者から8人を選んだそうだ。
  7. 今年最後のブログ更新です。皆さんよいお年を!

2011-12-31