2011-11-26

元トレーダー、シュークリームを買う

友人の家にお昼を食べにいくのに手ぶらでは悪いので、隣町のケーキ屋さんまでシュークリームを買いにいった。

シュークリームは1個3ドル。お昼を食べるのはぼくを含めて3人なので、1人1個ずつ計3個買えばいいかなと思い、店員さんに声をかけた。

「シュークリームを3つお願いします」

店員さんは背が低い太めの中南米系の兄ちゃんで、髪は短く刈り上げられたソフトモヒカンだった。色黒の出川哲朗みたいだった。

「バニラ味3つでいいっすか?」出川が確認してきた。

「はいそうです」と答えると、出川は一瞬考えてからこう答えた。

「5個買うと1個あたり1ドル割引なんですよ。今のところ3x3=9ドルですから、もう1ドル足すだけで5個買えますよ」

まあ1人あたりシュークリーム1個ということにそこまでこだわりがあったわけではないし、確かにあと1ドル払うだけで、もう2つシュークリームが買えるのは得だ。それに、5個持っていって1人1個ずつ食べれば、2個余分に残る。そうすれば友人2人が、ぼくが去った後に1人1つずつ食べることができる。これは確かに悪くないアイデアだ。

「じゃあ5個でお願いします」「はい、毎度ありー」

ぼくはシュークリーム5個が入った紙製の入れ物を手に、そーっと自転車にまたがり、友人の家に向かった。

自転車を漕ぎだして5分、ふと気がついた。

あのシュークリーム、4個買ったらいくらになるか聞くの忘れた。

可能性は以下の3つだ。

  1. 5個買った場合(実際にぼくが買った数)と同じ1個2ドル
  2. 3個買った場合(ぼくの当初のプラン)と同じ1個3ドル
  3. 客が最初に何個買いたいかによる

まず最初の2つのケースを見てみよう。ここでは一応、「予算が一緒ならば、より多くのシュークリームを買うべく客は行動する」--(☆)と仮定しよう。

1. 5個買った場合と同じ1個2ドル

この場合、4個買った場合の合計は、2ドルx4個=8ドルになり、つまり4個買ったほうが3個買うよりも払う金額が少なくすむ。(☆)に従えば、シュークリームを3つ買いに来た人は、必然的に4つ買うべきだということになる。

2. 3個買った場合と同じ1個3ドル

この場合、合計が3ドルx4個=12ドルとなる。なんと5個買った方が4個買うよりも安いのだ。(☆)に従えば、シュークリームを4つ買いに来た人は、必然的に5つ買うべきだということになる。

1も2も同じくらいあり得る設定だ。いずれにせよ、(☆)に従って行動する人が絶対に買わない個数というものが存在しているので、少し腑に落ちない。ここでトレーダー(あるいは金融でセールスをやったことのある人間)ならすぐ考えるのが、3番目のオプションだ。

3. 客が最初に何個買いたいかによる

ここで大事なのは、シュークリームの割引は**どこにも明記されていなかった**ということだ。つまり4個買った時の単価は、買い手が欲しい数を聞いてから売り手が決めることができるのである。だからどうしたと思うかもしれないが、もうしばし付き合ってほしい。議論をシンプルにするため、唯一の値引きシステムは、「5個以上買ったら1個2ドル」--(★)だと仮定しよう。
  1. 客が3個シュークリームが欲しかったとしよう。ここで、店には2つオプションがある。黙ってそのまま3個買わせるか、値引きをしてもっと買わせて在庫を減らすかだ。シュークリームなどは痛みやすいので、そう何日も保存できない。売れ残るよりは1ドル引いても売った方がよいのだ。そこで客に言うのである、「5個買ったら1個2ドルですよ」と。ぼくがこのパターンだ。もしここで「4個買ったらどうするんですか」と客が聞いてきたらどうするか?「すみません、4個では値引きできないんです」というのが僕の予想だ。余程在庫をさばく必要があるなら別だが、3個よりも安く4個を売るメリットはないような気がする。
  2. 客が4個シュークリームが欲しかったすれば、そのまま1個3ドルで買わせるのが筋だと思う。というのも(★)を教えてしまうと、(☆)により、4個買いたい客は、6個シュークリームを買えることになってしまう。その客が、その日最後の客なら別だが、2個くらい後で1個3ドルでさばけそうなものだ。この場合、客が「おまけはないんですか?」と聞いてきたら「すみません、ないんです」と言うのだ。
  3. 客が5個以上シュークリームが欲しかったとすれば、やはり1個3ドルが正しいような気がする。というのも、(★)の目的は、3個以下のシュークリームを買いに来た連中に、5個以上買わせることが目的だからだ。最初から5個以上欲しいやつには、そのまま1個三ドルで買わせてしまえばよい。

最後に断っておくと、(★)は、おそらく間違っている。実際には、いくつもの値引きプランがあって、「客が当初いくつシュークリームが買いたいのか」とか「在庫はどれくらい残っているのか」といった条件にそって異なった値引きプランを提案するのだと思う。


トレーダーをやって学んだ一番大事なことは、「カネが絡んだやりとりは、感情を排除して、利害関係のみを考えて分析しろ」ということだ。おそらく出川は何も考えないで値引きをしたのだろうが、カネが絡むといちいち分析してしまう癖は、しばらく抜けないかもしれない。
Creative Commons License