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本名とは

最近シリコンバレーでは、リアル・ネーム・ポリシーなるものが話題になっている。FacebookやQuora、Google+などが掲げる「ユーザー登録をする際に本名を使うこと」というものだ。どんなユーザー規定であろうが、決めるのはサービス提供者の自由だと思っているので、この件に関しては傍観するにとどまっていたが、今日興味深い記事を目にした

Facebookが、Salman Rushdieに、氏のFacebook Page上で、ミドルネームである"Salman"ではなくファーストネームの"Ahmed"を使うよう強制したとのことだ。Rushdie氏は、イスラム原理主義を批判した小説"The Satanic Verses"(悪魔の詩)を書いたことで知られる作家だ[1]。今までミドルネームの"Salman"を使って作家活動をしてきたRushdie氏は、Facebookの対応に驚き、この件についてツイートしたところ、Facebookの方から訂正があり、"Salman Rushdie"に現在は訂正されている。

Facebookの担当者がSalman Rushdieを知らなかったのなら、もう少し読書に時間を割くべきじゃないかと思うが、それより興味深かったのは、Facebookが訂正後に出した声明だ。

Mr. Rushdie's account has been reactivated with the correct name. We apologize for any inconvenience this may have caused

ラシュディ氏のアカウントは正しい名前のもと再認証いたしました。ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

ここで言う「正しい名前」とは一体なんだろう。Salman RushdieのフルネームはAhmed Salman Rushdieだ。Facebookが当初強制した"Ahmed Rushdie"も、正しい名前だ。"Ahmed" "Salman" "Ahmed Salman" "Ahmed Rushdie" "Salman Rushdie" "Ahmed Salman Rushdie"...どれも正しい名前だ。

もっと言えば、パスポートや戸籍に書いてある名前だけが正しい名前だろうか?あだ名ではいけないのだろうか?例えばアメリカの移民の中には、名前を覚えてもらいやすいようにと移民する際に、アメリカ風の名前を自分につけたり、名前を短縮する人が多い。また、西洋的な名前の人たちでも、RobertだったらBob、KatherineだったらKateなど、短縮したりアレンジしたりする。彼らは全員パスポートに書かれている名前を使う義務があるのだろうか?皮肉なことに、ぼくの大学時代の知り合いは、Facebookでマネージャーをしているのにも関わらず、パスポートにも戸籍にも書かれていない「あだ名」で登録している[2]

リアル・ネーム・ポリシーの根本的な問題は、本名という概念が一意的でないということだ。FacebookもQuoraもGoogle+も、本名を使えと言っているが、彼らの考える本名というのは一体なんなんだろうか?

名前とアイデンティティは切っても切れない関係にある。だからこそ、ウェブ上にリアルを持ってこようとしている[3]Facebookや、情報の信憑性を重んじるQuoraは本名にこだわるのだろう。でも、本名の意味を吟味し、その多面性を理解しない限り、リアル・ネーム・ポリシーは、今回のような失態につながりかねない。


  1. 日本でも「悪魔の詩」の訳者が殺害されるという事件が起きている。
  2. その友人のパスポートを見たことがあるのだから間違いない。
  3. @chibicodeが以前にこう表現していた。

2011-11-15