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	<description>テクノロジー中心にアメリカの話</description>
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		<title>Facebookのアーキテクチャを創造してみた。</title>
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		<pubDate>Thu, 10 May 2012 10:30:56 +0000</pubDate>
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		<title>国際的穏健派の誕生：アメリカにいる日本人を観察してみて</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 07:35:07 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[posts]]></category>

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		<description><![CDATA[渡米してから１３年近くなるのだが、つい最近まで、日本から渡米してきた日本人に会う機会がほとんどなかった。ぼくは高校はニューヨーク市で過ごしたし、大学は西海岸なので、物理的な意味での周囲には、たくさん日本人がいたのだろうが、なかなか知り合うことがなかった。ひょっとしたら英語を覚えたり、アメリカで生活していくことに必死で、日本人と時間を一緒に過ごす精神的な余裕がなかったからかもしれない。 何はともあれ、アメリカにいる日本人を観察していて、気がついたことがある。彼らの価値観は、一世代前に渡米してきた日本人のそれと、大きく異なっていることだ。ざっくり言ってしまえば、２０−３０年前に渡米してきた日本人は、アンチ日本の方々が多い。ことあるごとに日本とアメリカを比べ、いつも結論は、「これだから日本は&#8230;」という批判的なものに収束する。それに比べ、この一年少しで出会った滞米中の日本人は、舌足らずな表現になってしまうが、穏健な思想を持っている場合が多い。彼らは「日本は〇〇はいいですが、△△はアメリカを見習った方がいいかもしれない」といった、バランスのとれた意見を持っている場合が多い。ぼくは何十年もアメリカで日本人を観察してきたわけではないが、この穏健派の誕生は、つい最近のことのような気がするのだ。国粋主義的にアメリカを批判したり、外から一辺倒に日本を批判するわけでもない彼らのことを、国際的穏健派と呼ぶことにする。 でもって、この国際的穏健派は、どうして生まれたんだろうか。 ２、３０年前に太平洋を渡ってきた日本人は、大きくわけて二種類だったと思う。ひとつは、アメリカで学び、「はく」をつけ、その学位を帰国後ぶん回し、仕事をまわしてきた人たちだ。ぼくは彼らをトンボ帰りエリートと呼んでいる。もうひとつは、日本社会からはじかれ、あるいは日本社会のあり方を拒絶し、新天地を求めて渡米した人たち。その後の半生は十人十色だろうが、アメリカに永住している人たちだ。雑な言い方ではあるが、そう考えると、アメリカに永住している一世代前の日本人に普遍的アンチ日本が多いのも頷ける。もともと日本がダメで渡米してきた人たちなのだから、選択バイアスがかかって当然だ。 先の国際的穏健派は、トンボ返りエリートでもなければ、普遍的アンチ日本でもない。でもって、この新しいアイデンティティの確立が、彼らの穏健性を裏付けていると思うのだ。 穏健派の人たちをみていると、人生のいくつかのオプションの一つとして渡米してきた人が多い。「面白そうだから」という漠然とした目的の人もいれば、「勉強したい分野では、たまたまアメリカの、とある大学が先端だったから」という具体的な理由があったりと多様だ。ただ、共通して言えるのは、彼らの中では、「日本で生きていく」ことも「日本で生きていかない」こともオプションの一つとして捉えていることだ。これは、あくまで生活および価値観の中軸を日本に据えているトンボ帰りエリートや、日本の地を二度と踏まんでもよいと考える普遍的アンチ日本とも、一線を画している。ざっくり言ってしまえば、余裕がある人たちなのだ。 余裕があると、いろいろな事象を多角的に捉えられるようになる。例えば、雇用ひとつをとっても、「日本の終身雇用はクソだ」とか「アメリカは誰も長いこと働かないから大きなプロジェクトをやるのが大変だ」といった過激な意見を諌め、「終身雇用だと、長期的に人材を育てられるし、働く方も、アメリカのように次の職場のことを常に考えている必要がないから、仕事に集中できるかもしれない。ただ逆に、安心しきってしまってだらけてしまったり、本当に能力がない人や、職種にフィットしない人を切るのが大変で、非効率的な一面もある」という風に捉えるようになる。中立的な意見を生み出すこと自体は、過激な人たちもできるだろう。穏健派の人たちが違うのは、おそらくそういった中立的な意見を心底信じていることだ。 穏健派が穏健派でいられる決定的な要因は、海外にいながらにして日本でも生きていくキャリアパスを、漠然とかもしれないがキープしているからだ。つまり、日本社会のレールから、留学あるいは就職というかたちで一時的に離れても、後で戻れる足場が確立されている、いわゆるエリートたちだ。そう考えて思い返してみると、ぼくがこの一年で会った穏健派の日本人たちは、みな知的階級の人間だ。 個人的には、この国際的穏健派エリートたちが、日本の将来に大きな影響を与えると思っている。彼らは日本の良さを海外にアピールし、また日本の抱える問題点を、建設的なかたちで指摘することができるからだ。日本を妄信的に崇めるだけならば国粋主義者のエリートもできるし、日本の悪口なら普遍的アンチ日本クラスタに任せればよいだろう。ただ、両方とも非建設的であるばかりで、日本という国の何の役にも立たないので、あくまでも娯楽の一環でしかない。過激な意見が飛び交うのは楽しいが、やはり変化が起きるのは、穏健派が位置する境目だと日頃から感じている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>渡米してから１３年近くなるのだが、つい最近まで、日本から渡米してきた日本人に会う機会がほとんどなかった。ぼくは高校はニューヨーク市で過ごしたし、大学は西海岸なので、物理的な意味での周囲には、たくさん日本人がいたのだろうが、なかなか知り合うことがなかった。ひょっとしたら英語を覚えたり、アメリカで生活していくことに必死で、日本人と時間を一緒に過ごす精神的な余裕がなかったからかもしれない。</p>

<p>何はともあれ、アメリカにいる日本人を観察していて、気がついたことがある。彼らの価値観は、一世代前に渡米してきた日本人のそれと、大きく異なっていることだ。ざっくり言ってしまえば、２０−３０年前に渡米してきた日本人は、アンチ日本の方々が多い。ことあるごとに日本とアメリカを比べ、いつも結論は、「これだから日本は&#8230;」という批判的なものに収束する。それに比べ、この一年少しで出会った滞米中の日本人は、舌足らずな表現になってしまうが、穏健な思想を持っている場合が多い。彼らは「日本は〇〇はいいですが、△△はアメリカを見習った方がいいかもしれない」といった、バランスのとれた意見を持っている場合が多い。ぼくは何十年もアメリカで日本人を観察してきたわけではないが、この穏健派の誕生は、つい最近のことのような気がするのだ。国粋主義的にアメリカを批判したり、外から一辺倒に日本を批判するわけでもない彼らのことを、国際的穏健派と呼ぶことにする。</p>

<p>でもって、この国際的穏健派は、どうして生まれたんだろうか。</p>

<p>２、３０年前に太平洋を渡ってきた日本人は、大きくわけて二種類だったと思う。ひとつは、アメリカで学び、「はく」をつけ、その学位を帰国後ぶん回し、仕事をまわしてきた人たちだ。ぼくは彼らをトンボ帰りエリートと呼んでいる。もうひとつは、日本社会からはじかれ、あるいは日本社会のあり方を拒絶し、新天地を求めて渡米した人たち。その後の半生は十人十色だろうが、アメリカに永住している人たちだ。雑な言い方ではあるが、そう考えると、アメリカに永住している一世代前の日本人に普遍的アンチ日本が多いのも頷ける。もともと日本がダメで渡米してきた人たちなのだから、選択バイアスがかかって当然だ。</p>

<p>先の国際的穏健派は、トンボ返りエリートでもなければ、普遍的アンチ日本でもない。でもって、この新しいアイデンティティの確立が、彼らの穏健性を裏付けていると思うのだ。</p>

<p>穏健派の人たちをみていると、人生のいくつかのオプションの一つとして渡米してきた人が多い。「面白そうだから」という漠然とした目的の人もいれば、「勉強したい分野では、たまたまアメリカの、とある大学が先端だったから」という具体的な理由があったりと多様だ。ただ、共通して言えるのは、彼らの中では、「日本で生きていく」ことも「日本で生きていかない」こともオプションの一つとして捉えていることだ。これは、あくまで生活および価値観の中軸を日本に据えているトンボ帰りエリートや、日本の地を二度と踏まんでもよいと考える普遍的アンチ日本とも、一線を画している。ざっくり言ってしまえば、余裕がある人たちなのだ。</p>

<p>余裕があると、いろいろな事象を多角的に捉えられるようになる。例えば、雇用ひとつをとっても、「日本の終身雇用はクソだ」とか「アメリカは誰も長いこと働かないから大きなプロジェクトをやるのが大変だ」といった過激な意見を諌め、「終身雇用だと、長期的に人材を育てられるし、働く方も、アメリカのように次の職場のことを常に考えている必要がないから、仕事に集中できるかもしれない。ただ逆に、安心しきってしまってだらけてしまったり、本当に能力がない人や、職種にフィットしない人を切るのが大変で、非効率的な一面もある」という風に捉えるようになる。中立的な意見を生み出すこと自体は、過激な人たちもできるだろう。穏健派の人たちが違うのは、おそらくそういった中立的な意見を心底信じていることだ。</p>

<p>穏健派が穏健派でいられる決定的な要因は、海外にいながらにして日本でも生きていくキャリアパスを、漠然とかもしれないがキープしているからだ。つまり、日本社会のレールから、留学あるいは就職というかたちで一時的に離れても、後で戻れる足場が確立されている、いわゆるエリートたちだ。そう考えて思い返してみると、ぼくがこの一年で会った穏健派の日本人たちは、みな知的階級の人間だ。</p>

<p>個人的には、この国際的穏健派エリートたちが、日本の将来に大きな影響を与えると思っている。彼らは日本の良さを海外にアピールし、また日本の抱える問題点を、建設的なかたちで指摘することができるからだ。日本を妄信的に崇めるだけならば国粋主義者のエリートもできるし、日本の悪口なら普遍的アンチ日本クラスタに任せればよいだろう。ただ、両方とも非建設的であるばかりで、日本という国の何の役にも立たないので、あくまでも娯楽の一環でしかない。過激な意見が飛び交うのは楽しいが、やはり変化が起きるのは、穏健派が位置する境目だと日頃から感じている。</p>
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		<title>Instagramの創業者たちに学ぶこと</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Apr 2012 22:04:01 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[インターネット業界での今週一番の話題は、間違いなくFacebookによるInstagramの買収だろう。買収額は株式と現金で１０億ドル（８００億円）と言われ、Facebookの企業買収としては、最高規模だ。収益ゼロにも関わらず、うなぎ登りのユーザー数で話題を席巻し、あっという間に巨額で買収されるにいたったInstagramのシンデレラストーリーは、６年前に似たような経緯でGoogleに買収されたYouTubeを彷彿させる。 シリコンバレーは内向きで偏った場所なので、連日この買収劇の話題だ。誰が会社の何パーセントを持っていたんだ。５０００万ドルの資金調達の直後に買収されるということは、誰かが裏で糸を引いていたんじゃないか。Facebookに買われてしまったInstagramの将来はどうなんだ。個人的には、勇気を持っていいアプリを作り、それがうまいタイミングで評価されたって話でいいじゃんというところだが、いろいろとニュースを読むうちに、２、３思うことがあったので、書いておこうと思う。 コードが書けると（テクノロジーの世界では）起業しやすい Instagramは、Kevin SystromとMike Kriegerという二人のスタンフォード大学の卒業生が始めた会社だ。SystromはGoogleで2年あまり経験を積んだあと、Nextstopというスタートアップでマーケティングの仕事をしていた。昼間マーケティングの仕事をする傍ら、独学でプログラミングを覚え、その過程で作ったのが、ネットに写真をアップロードし、共有できるアプリだったらしい。これを友人たちや投資家に見せたところ、まわりが興味を示し、資金を貰うことになったので、Nextstepを辞めることにした。実はこの時点で作っていたのはInstagramではなく、Burbnというアプリで、写真はアップロードするものではあれ、エフェクトをかけるものではなかったそうだ。そのSystromが、当時インスタントメッセージの会社Meeboで働いていたKriegerにひょんなきっかけで会い、Burbnのプロトタイプを見せたところ、Kriegerが興味を持ち、結果的に一緒に会社を興すことになったらしい。Burbnの開発を二人でする過程で、ひょっとしたら写真一本、それも写真に自在にエフェクトをかけることに専念した方がいいのではという結論になり、８週間の開発期間を経て誕生したのがInstagramだ。そっからさきは周知のとおり、ひたすらユーザー数が増え続け、２０１１年のiOSアプリ・オブ・ザ・イヤーに輝くことになる。 ここで大事なことは、Systromが独学でプログラミングを覚え、プロトタイプを作ったということだ。百聞は一見にしかずというが、いろいろとごたくを並べるよりも、ひとつ製品にした方が、資金を調達するにしても、友達を巻き込むにしても、圧倒的に説得力がある。素晴らしい机上の空論よりは、泥臭くても手にとって動かせるものというわけだ。テクノロジーの世界でのプロトタイプというと、やはりソフトウェアなので、プログラムが書けないとなかなかプロトタイプは作れない。プログラムが書ける友達に頼んで作ってもらうことも可能だろうが、やはり自分で開発できるに越したことはない。プログラミングそのものは、そこまで難しいことではないが、一人でプロダクトのコードを書ききるのはそう簡単なことではない。Systromが圧倒的にすごいのは、経験が少ないなりに、とにかく自分でプロトタイプを作りきるガッツがあったことだ。 技術の世界で起業したければ、コードを書くことだと思う。最近だと、Wantedlyの仲さんの話が記憶に新しい。難しいシステムプログラミングの話だとか、コンパイラの設計とかなら別だが、ウェブやモバイルのサービスのプロトタイプを作るのに、文系や理系、賢さや飲み込みのよさなんかは二の次で、やる気と興味があればどうにでもなる。 CSを知っているとか、すごいプログラマーであることは、利点の一つでしかない Systromが独学でプログラミングを覚えたといったが、Mike Kriegerもコンピューターサイエンス専攻ではない。彼の専攻はSymbolic Systemsという、情報学や言語学、哲学や認知心理学がごっちゃになった多分野をまたぐ専攻で、彼自身はHuman Computer Interactionを勉強していたそうだ。もちろんその過程でプログラミングのクラスは取っただろうが、Instagramを始めた時点ではLinuxのシステムコールに関してはほとんど無知だったらしい。Instagramを運営する過程で、必要に応じて覚えていったというわけだ。 僕自身は一応修士でComputer Scienceを学んだが、正直ウェブやモバイルのプログラミングをするうえで、Computer Scienceの知識というのは「あれば得かもしれない」レベルのものだと、常々思っており、Instagramの共同創業者たちの話がそのいい例だと思う。SystromもKriegerも、それはそれは賢い人たちだろうが、プログラミングひとつをとれば、彼らを遥かに凌駕する人たちはそこらじゅうにいるのだ。もちろん技術力があるに越したことはないけれど、別に凄腕のプログラマーでなくても、諦める必要はない。 「何をしているか」より「どこにいるか」 Instagramが最初にスケーリングの問題にぶち当たった時に、Systromが電話をかけたのが、元FacebookのCTOで、Quoraを運営しているAdam D&#8217;Angeloだったそうだ。Systromはスタンフォードの学部時代に、D&#8217;Angeloと知り合い、その後も交友を続けてきた。「サービスが刺さって困ったなあ。僕の知り合いで一番賢い人は誰だ。そうだAdamだ。」ということで電話をかけたところ、快く相談に乗ってくれ、様々なスケーラビリティに関するアドバイスをくれたそうだ。 ちょっとお金の話になるが、D&#8217;AngeloはInstagramのSeries Aの資金調達に参加している。もう一人個人投資家としてSeries Aに参加したのが、Twitterの発案者であるJack Dorseyだ。実はSystromは学生時代、Odeo社でインターンをしている。ご存知の方もいるだろうが、Odeoは、Twitterの前身となるポッドキャストの会社で、Twitterは、エンジニアをしていたJack Dorseyのサイドプロジェクトだった。ポッドキャストが金にならないということが明確になり、Twitterに蔵替えしたというわけだ。この事実と、Jack DorseyがInstagramのSeries Aに参加していることは、無関係ではないだろう。 そして先にも書いたように、Kriegerもスタンフォード大学卒で、Systromの2学年下となる。 なんでこんな話をするかと言えば、Instagramの成功を考えるうえで、「場所」の重要性は外せないと思うからだ。もちろんシリコンバレーという地理的な「場所」もそうだが、スタンフォードという「場所」、FacebookのCTOと知り合うバーティーという「場所」、Twitterの発案者と一緒に働くという「場所」。シリコンバレーが自由でオープンだというのは、所詮建前で、やはりスタンフォードだのMITだのの名前を振りかざせば、それだけ開く扉も多い。もちろんそういった恵まれた「場所」にいても、何もしなければ結果はついてこない。でも、スタートする「場所」が違うだけで、同じゴールでも、必要とされる努力と運は大きく異なる。日本の片隅にいる凄腕ハッカーよりも、スタンフォード大学でコンピューターと無縁の勉強をしている学生の方にスポットライトが当たる。不公平かもしれないが、それがシリコンバレーの現実だと、Instagramの買収を見て再認識させられた。どうにかしてスタンフォードの学生になることが、シリコンバレーでの成功への最短距離というのは誇張かもしれないが、あながち嘘ではない。 断っておくが、SystromにしてもKriegerにしても、スタンフォードを卒業した「だけ」の人たちでは決してない。２人とも、Mayfield Fellow Programという、スタンフォードの学部で１２人だけ選ばれる通年の起業プログラムに参加しているし、 SystromはManagement Science &#38; Engineeringという専攻で主席だったそうだ。ただ、全く同じスペックの２人が日本で出発していたら、なかなか２年で８００億円というわけにはいかないだろう。「何をしているか」の価値がゼロということではなく、それだけ「どこにいるか」の価値が大きいということだ。 まとめると 日本にいて、いきなりスタンフォードやらMITに行くというわけにはいかないだろう。ただ、技術力はいくらでもつけられるし、また技術力がある人たちは、いかにしてそれを世界に発信できるかを考えてほしい。スタートアップの成功の話を聞くと、大方お金やプロダクトの話になってしまうが、本当に学べる要素があるのは、お金なりプロダクトにいたるまでのプロセスの方だと思う。 今日書いた話のほとんどはInstagramの創業者たちのプレゼンとQuoraに書いてあったSystromの文章がベースになっている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>インターネット業界での今週一番の話題は、間違いなくFacebookによるInstagramの買収だろう。買収額は株式と現金で１０億ドル（８００億円）と言われ、Facebookの企業買収としては、最高規模だ。収益ゼロにも関わらず、うなぎ登りのユーザー数で話題を席巻し、あっという間に巨額で買収されるにいたったInstagramのシンデレラストーリーは、６年前に似たような経緯でGoogleに買収されたYouTubeを彷彿させる。</p>

<p>シリコンバレーは内向きで偏った場所なので、連日この買収劇の話題だ。誰が会社の何パーセントを持っていたんだ。５０００万ドルの資金調達の直後に買収されるということは、誰かが裏で糸を引いていたんじゃないか。Facebookに買われてしまったInstagramの将来はどうなんだ。個人的には、勇気を持っていいアプリを作り、それがうまいタイミングで評価されたって話でいいじゃんというところだが、いろいろとニュースを読むうちに、２、３思うことがあったので、書いておこうと思う。</p>

<h4><u>コードが書けると（テクノロジーの世界では）起業しやすい</u></h4>

<p>Instagramは、Kevin SystromとMike Kriegerという二人のスタンフォード大学の卒業生が始めた会社だ。SystromはGoogleで2年あまり経験を積んだあと、Nextstopというスタートアップでマーケティングの仕事をしていた。昼間マーケティングの仕事をする傍ら、独学でプログラミングを覚え、その過程で作ったのが、ネットに写真をアップロードし、共有できるアプリだったらしい。これを友人たちや投資家に見せたところ、まわりが興味を示し、資金を貰うことになったので、Nextstepを辞めることにした。実はこの時点で作っていたのはInstagramではなく、Burbnというアプリで、写真はアップロードするものではあれ、エフェクトをかけるものではなかったそうだ。そのSystromが、当時インスタントメッセージの会社Meeboで働いていたKriegerにひょんなきっかけで会い、Burbnのプロトタイプを見せたところ、Kriegerが興味を持ち、結果的に一緒に会社を興すことになったらしい。Burbnの開発を二人でする過程で、ひょっとしたら写真一本、それも写真に自在にエフェクトをかけることに専念した方がいいのではという結論になり、８週間の開発期間を経て誕生したのがInstagramだ。そっからさきは周知のとおり、ひたすらユーザー数が増え続け、２０１１年のiOSアプリ・オブ・ザ・イヤーに輝くことになる。</p>

<p>ここで大事なことは、Systromが独学でプログラミングを覚え、プロトタイプを作ったということだ。百聞は一見にしかずというが、いろいろとごたくを並べるよりも、ひとつ製品にした方が、資金を調達するにしても、友達を巻き込むにしても、圧倒的に説得力がある。素晴らしい机上の空論よりは、泥臭くても手にとって動かせるものというわけだ。テクノロジーの世界でのプロトタイプというと、やはりソフトウェアなので、プログラムが書けないとなかなかプロトタイプは作れない。プログラムが書ける友達に頼んで作ってもらうことも可能だろうが、やはり自分で開発できるに越したことはない。プログラミングそのものは、そこまで難しいことではないが、一人でプロダクトのコードを書ききるのはそう簡単なことではない。Systromが圧倒的にすごいのは、経験が少ないなりに、とにかく自分でプロトタイプを作りきるガッツがあったことだ。</p>

<p>技術の世界で起業したければ、コードを書くことだと思う。<a href="http://blog.wantedly.com/post/16717152217/here-we-are">最近だと、Wantedlyの仲さんの話が記憶に新しい。</a>難しいシステムプログラミングの話だとか、コンパイラの設計とかなら別だが、ウェブやモバイルのサービスのプロトタイプを作るのに、文系や理系、賢さや飲み込みのよさなんかは二の次で、やる気と興味があればどうにでもなる。</p>

<h4><u>CSを知っているとか、すごいプログラマーであることは、利点の一つでしかない</u></h4>

<p>Systromが独学でプログラミングを覚えたといったが、Mike Kriegerもコンピューターサイエンス専攻ではない。彼の専攻はSymbolic Systemsという、情報学や言語学、哲学や認知心理学がごっちゃになった多分野をまたぐ専攻で、彼自身はHuman Computer Interactionを勉強していたそうだ。もちろんその過程でプログラミングのクラスは取っただろうが、Instagramを始めた時点ではLinuxのシステムコールに関してはほとんど無知だったらしい。Instagramを運営する過程で、必要に応じて覚えていったというわけだ。</p>

<p>僕自身は一応修士でComputer Scienceを学んだが、正直ウェブやモバイルのプログラミングをするうえで、Computer Scienceの知識というのは「あれば得かもしれない」レベルのものだと、常々思っており、Instagramの共同創業者たちの話がそのいい例だと思う。SystromもKriegerも、それはそれは賢い人たちだろうが、プログラミングひとつをとれば、彼らを遥かに凌駕する人たちはそこらじゅうにいるのだ。もちろん技術力があるに越したことはないけれど、別に凄腕のプログラマーでなくても、諦める必要はない。</p>

<h4><u>「何をしているか」より「どこにいるか」</u></h4>

<p>Instagramが最初にスケーリングの問題にぶち当たった時に、Systromが電話をかけたのが、元FacebookのCTOで、Quoraを運営しているAdam D&#8217;Angeloだったそうだ。Systromはスタンフォードの学部時代に、D&#8217;Angeloと知り合い、その後も交友を続けてきた。「サービスが刺さって困ったなあ。僕の知り合いで一番賢い人は誰だ。そうだAdamだ。」ということで電話をかけたところ、快く相談に乗ってくれ、様々なスケーラビリティに関するアドバイスをくれたそうだ。</p>

<p>ちょっとお金の話になるが、D&#8217;AngeloはInstagramのSeries Aの資金調達に参加している。もう一人個人投資家としてSeries Aに参加したのが、Twitterの発案者であるJack Dorseyだ。実はSystromは学生時代、Odeo社でインターンをしている。ご存知の方もいるだろうが、Odeoは、Twitterの前身となるポッドキャストの会社で、Twitterは、エンジニアをしていたJack Dorseyのサイドプロジェクトだった。ポッドキャストが金にならないということが明確になり、Twitterに蔵替えしたというわけだ。この事実と、Jack DorseyがInstagramのSeries Aに参加していることは、無関係ではないだろう。</p>

<p>そして先にも書いたように、Kriegerもスタンフォード大学卒で、Systromの2学年下となる。</p>

<p>なんでこんな話をするかと言えば、Instagramの成功を考えるうえで、「場所」の重要性は外せないと思うからだ。もちろんシリコンバレーという地理的な「場所」もそうだが、スタンフォードという「場所」、FacebookのCTOと知り合うバーティーという「場所」、Twitterの発案者と一緒に働くという「場所」。シリコンバレーが自由でオープンだというのは、所詮建前で、やはりスタンフォードだのMITだのの名前を振りかざせば、それだけ開く扉も多い。もちろんそういった恵まれた「場所」にいても、何もしなければ結果はついてこない。でも、スタートする「場所」が違うだけで、同じゴールでも、必要とされる努力と運は大きく異なる。日本の片隅にいる凄腕ハッカーよりも、スタンフォード大学でコンピューターと無縁の勉強をしている学生の方にスポットライトが当たる。不公平かもしれないが、それがシリコンバレーの現実だと、Instagramの買収を見て再認識させられた。どうにかしてスタンフォードの学生になることが、シリコンバレーでの成功への最短距離というのは誇張かもしれないが、あながち嘘ではない。</p>

<p>断っておくが、SystromにしてもKriegerにしても、スタンフォードを卒業した「だけ」の人たちでは決してない。２人とも、Mayfield Fellow Programという、スタンフォードの学部で１２人だけ選ばれる通年の起業プログラムに参加しているし、 SystromはManagement Science &amp; Engineeringという専攻で主席だったそうだ。ただ、全く同じスペックの２人が日本で出発していたら、なかなか２年で８００億円というわけにはいかないだろう。「何をしているか」の価値がゼロということではなく、それだけ「どこにいるか」の価値が大きいということだ。</p>

<h4><u>まとめると</u></h4>

<p>日本にいて、いきなりスタンフォードやらMITに行くというわけにはいかないだろう。ただ、技術力はいくらでもつけられるし、また技術力がある人たちは、いかにしてそれを世界に発信できるかを考えてほしい。スタートアップの成功の話を聞くと、大方お金やプロダクトの話になってしまうが、本当に学べる要素があるのは、お金なりプロダクトにいたるまでのプロセスの方だと思う。</p>

<hr />

<p>今日書いた話のほとんどは<a href="http://ecorner.stanford.edu/authorMaterialInfo.html?mid=2735">Instagramの創業者たちのプレゼン</a>と<a href="http://www.quora.com/Instagram/What-is-the-history-of-Instagram/answer/Kevin-Systrom">Quoraに書いてあったSystromの文章</a>がベースになっている。</p>
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		<title>採用について思ったこと</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 23:40:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[posts]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、採用について考えることがあった。 ぼくが知っているのは金融、それもトレーダーの採用と、ソフトウェア産業、それもエンジニアの採用だけだ。一見まったく違うふたつの職種だが、採用プロセスに関して言えば、結構似ている。具体的に言うと、両方とも、面接官が問題を与え、それを希望者がその場で解くというものが多い。もちろん、「この人はうちの会社でうまくやっていけるだろうか」といったフィット的なことも質問するし、経験豊富な人材なら、前職での仕事内容を聞いたりもする。ただ、最低でも一問くらいは、「この確率問題を解いてください」とか「この関数を実装してください」といった、答えが比較的はっきりした、大学受験的な問題を聞くようになっている。 この大学受験的な問題の使い方は、大きくわけてふたつある。絶対的評価と、相対的評価だ。絶対的評価の場合、あらかじめ基準を定め、それと比較して、どれだけ面接者が正しい（とされる）結果を導き出せるかを見るというものだ。いわゆる「できて当たり前」な問題は、絶対的評価のもとに行われることが多い。その一方、相対的評価は、「他の面接者と比べ、どれだけ結果を出せたか」を見ることになる。難度の高い問題や、いくつものステップがある問題の類は、この傾向が強い。例えば、前に友人から聞いた問題で、「まっさらの仮想サーバーを貸しますので、２時間以内に、株式の銘柄を入力し、ボタンをクリックすると、最新の株価が出力されるウェブアプリを作ってください」というものがある。友人いわく、MySQLやPHP/Perl/Rubyをインストールし、簡単なテーブルを定義し、データを取ってくるスクリプトを書き、そのデータに対してシンプルなHTMLを記述する「だけ」なのだが、大体の人は、最後まで到達しないそうだ。なので、最後まで到達した人には、彼は無条件で高評価を下すらしい。ここで重要なのは、友人の論理は、「この難しい問題が解けたから、この面接者はすごい」ではなく、「大体の人が終わらない問題を終わらせられるこの面接者はすごいに違いない」だということだ。彼自身が、問題に対して絶対的な評価基準を持っているのではなく、評価基準が、面接者の実際のパフォーマンスによって、後から設定されているというわけだ。 ここに、採用における相対的評価の問題点がある。それは、相対的評価は、目下の面接者の能力を、他の面接者としか比較していないという点だ。これの一番の問題は、面接者の質が総じて低かった場合、さして能力が高くない面接者に、誤って高評価を下してしまうことだ。先の友人の例だと、彼が面接する人たちが、（少なくともちゃっちゃと簡単なウェブサイトを作るという点において）、みんな能力が低いだけかもしれず、例え２時間で株価ビューアが作れたとしても、それが必ずしも高く評価される程の能力ではないということも考えられる。株価ビューアを1時間で作った人を喜び勇んで採用してみたが、実際の業務をやらせたら、イマイチだったなんてことは、容易に考えられる。 じゃあなんでもかんでも絶対評価にすればいいというわけではない。そもそも絶対的な評価を下せない問題もあるし、絶対的評価にこだわると、逆に質の高い人材を取りこぼす怖れもある。例えばこんな話が考えられる。 ボス：「おい、今日面接した人たちはどうだった。」 エンジニア：「全員×です。もう人事にレポートしときました。」 ボス：「え？どうダメだったんだ」 エンジニア：「いやあ○×アルゴリズムを実装してくださいって言っただけなんですけどね。誰も出来ないんすよ。」 ボス：「お前、その話マジか。」 エンジニア：「マジっすよ。誰も書けないんすよ。」 ボス：「バカ！○×なんて書けなくて当然だ。この会社でも書けるのはお前だけだ。」 エンジニア：「え&#8230;」 もちろんこの例は極端だが、絶対的な基準は、低すぎる場合には「全員できるから、なんの参考にもならずムダだった」で済むが[1]、高すぎた場合、あるいはとんちんかんな基準だった場合、良い人材をはねてしまうことになり、その人がライバル会社に行ってしまうなんてことも考えられる。 要は何が言いたかったかと言えば、採用って難しいという話だ。もちろん、ぼくが今日書いたことなんてのは、ほんの一部の話で、面接の質問以外にも、給与の設定、合否までのタイムライン、不採用の際の連絡の取り方、面接に割く人的コストなど、いろいろと考えなくてはいけないことはたくさんある。会社での仕事というと、病院なら診察や手術、弁護士事務所やコンサルタィングファームなら案件、ソフトウェア会社ならプロダクトといった主要サービスばかりに目が行きやすいのだが、採用というのは、どの会社にとっても生死のカギを握っている重要な仕事だと、常々思っている。 簡単すぎる問題の一つのリスクは、優秀な面接者が、呆れたり憤慨したりして、会社に対する興味を失ってしまうというものがあるが、個人的には、このリスクは、「良い人材を見過ごす」リスクよりは低いと見ている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近、採用について考えることがあった。</p>

<p>ぼくが知っているのは金融、それもトレーダーの採用と、ソフトウェア産業、それもエンジニアの採用だけだ。一見まったく違うふたつの職種だが、採用プロセスに関して言えば、結構似ている。具体的に言うと、両方とも、面接官が問題を与え、それを希望者がその場で解くというものが多い。もちろん、「この人はうちの会社でうまくやっていけるだろうか」といったフィット的なことも質問するし、経験豊富な人材なら、前職での仕事内容を聞いたりもする。ただ、最低でも一問くらいは、「この確率問題を解いてください」とか「この関数を実装してください」といった、答えが比較的はっきりした、大学受験的な問題を聞くようになっている。</p>

<p>この大学受験的な問題の使い方は、大きくわけてふたつある。絶対的評価と、相対的評価だ。絶対的評価の場合、あらかじめ基準を定め、それと比較して、どれだけ面接者が正しい（とされる）結果を導き出せるかを見るというものだ。いわゆる「できて当たり前」な問題は、絶対的評価のもとに行われることが多い。その一方、相対的評価は、「他の面接者と比べ、どれだけ結果を出せたか」を見ることになる。難度の高い問題や、いくつものステップがある問題の類は、この傾向が強い。例えば、前に友人から聞いた問題で、「まっさらの仮想サーバーを貸しますので、２時間以内に、株式の銘柄を入力し、ボタンをクリックすると、最新の株価が出力されるウェブアプリを作ってください」というものがある。友人いわく、MySQLやPHP/Perl/Rubyをインストールし、簡単なテーブルを定義し、データを取ってくるスクリプトを書き、そのデータに対してシンプルなHTMLを記述する「だけ」なのだが、大体の人は、最後まで到達しないそうだ。なので、最後まで到達した人には、彼は無条件で高評価を下すらしい。ここで重要なのは、友人の論理は、「この難しい問題が解けたから、この面接者はすごい」ではなく、「大体の人が終わらない問題を終わらせられるこの面接者はすごいに違いない」だということだ。彼自身が、問題に対して絶対的な評価基準を持っているのではなく、評価基準が、面接者の実際のパフォーマンスによって、後から設定されているというわけだ。</p>

<p>ここに、採用における相対的評価の問題点がある。それは、相対的評価は、目下の面接者の能力を、他の面接者としか比較していないという点だ。これの一番の問題は、面接者の質が総じて低かった場合、さして能力が高くない面接者に、誤って高評価を下してしまうことだ。先の友人の例だと、彼が面接する人たちが、（少なくともちゃっちゃと簡単なウェブサイトを作るという点において）、みんな能力が低いだけかもしれず、例え２時間で株価ビューアが作れたとしても、それが必ずしも高く評価される程の能力ではないということも考えられる。株価ビューアを1時間で作った人を喜び勇んで採用してみたが、実際の業務をやらせたら、イマイチだったなんてことは、容易に考えられる。</p>

<p>じゃあなんでもかんでも絶対評価にすればいいというわけではない。そもそも絶対的な評価を下せない問題もあるし、絶対的評価にこだわると、逆に質の高い人材を取りこぼす怖れもある。例えばこんな話が考えられる。</p>

<blockquote>
  <p>ボス：「おい、今日面接した人たちはどうだった。」</p>
  
  <p>エンジニア：「全員×です。もう人事にレポートしときました。」</p>
  
  <p>ボス：「え？どうダメだったんだ」</p>
  
  <p>エンジニア：「いやあ○×アルゴリズムを実装してくださいって言っただけなんですけどね。誰も出来ないんすよ。」</p>
  
  <p>ボス：「お前、その話マジか。」</p>
  
  <p>エンジニア：「マジっすよ。誰も書けないんすよ。」</p>
  
  <p>ボス：「バカ！○×なんて書けなくて当然だ。この会社でも書けるのはお前だけだ。」</p>
  
  <p>エンジニア：「え&#8230;」</p>
</blockquote>

<p>もちろんこの例は極端だが、絶対的な基準は、低すぎる場合には「全員できるから、なんの参考にもならずムダだった」で済むが[1]、高すぎた場合、あるいはとんちんかんな基準だった場合、良い人材をはねてしまうことになり、その人がライバル会社に行ってしまうなんてことも考えられる。</p>

<p>要は何が言いたかったかと言えば、採用って難しいという話だ。もちろん、ぼくが今日書いたことなんてのは、ほんの一部の話で、面接の質問以外にも、給与の設定、合否までのタイムライン、不採用の際の連絡の取り方、面接に割く人的コストなど、いろいろと考えなくてはいけないことはたくさんある。会社での仕事というと、病院なら診察や手術、弁護士事務所やコンサルタィングファームなら案件、ソフトウェア会社ならプロダクトといった主要サービスばかりに目が行きやすいのだが、採用というのは、どの会社にとっても生死のカギを握っている重要な仕事だと、常々思っている。</p>

<hr />

<div class="footnote">
<ol>
<li>
簡単すぎる問題の一つのリスクは、優秀な面接者が、呆れたり憤慨したりして、会社に対する興味を失ってしまうというものがあるが、個人的には、このリスクは、「良い人材を見過ごす」リスクよりは低いと見ている。
</li>
</ol>
</div>
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		<title>買収祭り</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 02:53:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[posts]]></category>

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		<description><![CDATA[先週と今週は、シリコンバレーでは買収祭りだった。 まず、TwitterがPosterousを人材買収した。Posterousは、２００８年に始まった、メールで更新できることが売りのブログサービスだったのだが、この１年ほどで完全にTumblrに水をあけられてしまった感じだ。メールで簡単に更新できるインターフェイスは、ブログという飽和しきったプロダクトの中では斬新だったが、あまり有用でなかった気がする。長文をメールに打ち込むことなんてまずないし、短文や写真だったら、TwitterやInstagramがある。もう一つのPosterousの敗因は、去年リリースした、Posterous Spaceという、いわゆるソーシャルな機能だ。正直意味不明だ。個人的には、ブログサービス一本で勝負していた方が、まだ成功する可能性があったんじゃないかなと思う。 お次は、Green DotによるLooptの買収だ。Looptは、２００７年に、まだ何もコードも書けない時に面接してもらい、見事に落とされたのだが、モバイルの世界で、いち早く位置情報を利用したサービスを展開してきたことは、評価されるべきだと思うので、一区切りついたことは嬉しく思う。完全に下火のサービスが４３００万ドルで買収って高すぎじゃないかとか、著名なベンチャーキャピタルファームのSequiaが、Green DotとLooptの両方にお金を入れている時点で胡散臭いとか、いろいろと厳しい意見も行き交っている。でも、Stanford大学を退学してLooptをはじめたSam AltmanとNick Sivoの勇気と先見の明が、それなりに評価されるのは大事なことだ。スタートアップ買収の副作用&#8211;起業を夢見ている優秀な学生を鼓舞させること&#8211;というのも忘れてはいけない。 そして正確には買収ではないのだが、Diggで知られるKevin Roseが、Google先生で働くことになった。Kevin RoseはDiggに見切りをつけた後、Milkというインキュベーター的な会社をやっていたのだが、そこの最初の製品であるOinkも閉鎖し、Googleに転職したようだ。どうやらMilkの社員数人も一緒にGoogleに入社したようで、実質的な人材買収だろう。Kevin RoseはBusiness Weekの表紙も飾ったことがあるインターネットセレブなので、Googleとしては、その知名度をGoogle+に活かしたいようだ。 まるでつまらない話になってしまった。オチも何もないという。あえて一言いえば、先の３社の買収に共通しているのは、やはりスタートアップも、ビジネスモデルがなければ、人材買収以上の結末は期待できないということだろうか。そんなのは当たり前のことなのだが、投資家のお金があふれているのが現状なので、「とにかく面白そうで、ユーザーが増えれてばいいや」的な会社が数多くある。先の３つの買収は、「それでもいいけど、ビジネスモデルがないとせいぜい人材買収どまりだよ」ということなのかもしれない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先週と今週は、シリコンバレーでは買収祭りだった。</p>

<p>まず、<a href="http://news.yahoo.com/twitter-purchased-posterous-213318335.html">TwitterがPosterousを人材買収</a>した。Posterousは、２００８年に始まった、メールで更新できることが売りのブログサービスだったのだが、この１年ほどで完全にTumblrに水をあけられてしまった感じだ。メールで簡単に更新できるインターフェイスは、ブログという飽和しきったプロダクトの中では斬新だったが、あまり有用でなかった気がする。長文をメールに打ち込むことなんてまずないし、短文や写真だったら、TwitterやInstagramがある。もう一つのPosterousの敗因は、去年リリースした、Posterous Spaceという、いわゆるソーシャルな機能だ。正直意味不明だ。個人的には、ブログサービス一本で勝負していた方が、まだ成功する可能性があったんじゃないかなと思う。</p>

<p>お次は、<a href="http://finance.yahoo.com/news/green-dot-acquire-loopt-133000653.html">Green DotによるLooptの買収</a>だ。Looptは、２００７年に、まだ何もコードも書けない時に面接してもらい、見事に落とされたのだが、モバイルの世界で、いち早く位置情報を利用したサービスを展開してきたことは、評価されるべきだと思うので、一区切りついたことは嬉しく思う。完全に下火のサービスが４３００万ドルで買収って高すぎじゃないかとか、著名なベンチャーキャピタルファームのSequiaが、Green DotとLooptの両方にお金を入れている時点で胡散臭いとか、いろいろと厳しい意見も行き交っている。でも、Stanford大学を退学してLooptをはじめたSam AltmanとNick Sivoの勇気と先見の明が、それなりに評価されるのは大事なことだ。スタートアップ買収の副作用&#8211;起業を夢見ている優秀な学生を鼓舞させること&#8211;というのも忘れてはいけない。</p>

<p>そして正確には買収ではないのだが、Diggで知られるKevin Roseが、<a href="http://news.cnet.com/8301-1023_3-57398207-93/digg-milk-founder-kevin-rose-said-to-have-joined-google/">Google先生で働くことになった</a>。Kevin RoseはDiggに見切りをつけた後、Milkというインキュベーター的な会社をやっていたのだが、そこの最初の製品であるOinkも閉鎖し、Googleに転職したようだ。どうやらMilkの社員数人も一緒にGoogleに入社したようで、実質的な人材買収だろう。Kevin RoseはBusiness Weekの表紙も飾ったことがあるインターネットセレブなので、Googleとしては、その知名度をGoogle+に活かしたいようだ。</p>

<p>まるでつまらない話になってしまった。オチも何もないという。あえて一言いえば、先の３社の買収に共通しているのは、やはりスタートアップも、ビジネスモデルがなければ、人材買収以上の結末は期待できないということだろうか。そんなのは当たり前のことなのだが、投資家のお金があふれているのが現状なので、「とにかく面白そうで、ユーザーが増えれてばいいや」的な会社が数多くある。先の３つの買収は、「それでもいいけど、ビジネスモデルがないとせいぜい人材買収どまりだよ」ということなのかもしれない。</p>
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		<title>１６年越しの決断術</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 10:29:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[posts]]></category>

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		<description><![CDATA[１６年来の付き合いの旧友が書いた本を読んだ。「東大式決断術」という、タイトルで釣りにいく気満載の本だ。 東京の有名な私立小学校に通っていた彼と、多摩川を臨むいたって普通の公立小学校に通っていた僕を引き合わせたのは、中学受験だった。ぼくの学区の中学校は評判がよろしくなく、小学校３年生の頃から、回避手段として中学受験することを漠然と考えていた。どうせ受験するならば真剣にやろうということで、スパルタで知られていたサピックスという塾に、小学校３年生の２月から通いはじめた。それも何を思ったか、どうせ通うなら、本校に通いたいということで、家から一時間近く離れた日本橋の本校に通いはじめた。「東大式決断術」の筆者、今井くんは、そこでのクラスメートだった。それから丸３年、ぼくたちは机を並べて勉強した。 小学校時代のぼくは、とにかく勝ち気で、負けず嫌いで、思いやりのかけらもないイヤなヤツだったと思う。今の自分がいいヤツだというつもりは全くないが、今よりさらにイヤなヤツだったということは間違いない。塾のテストで誰よりも良い点数をとることだけが生き甲斐だった。来る日も来る日もひたすら机に向い、本番の受験がやってきた頃には、志望校に合格することとかは、二次的な問題になっていた。 それに比べ、今井くんは当時から、醒めていたというか、現実的だったと思う。別に成績が悪かったわけではないが、がむしゃらに勉強をしていた印象はなかった。小学校の学校行事もきちんとこなし、塾でも、一番ではないが、それなりに良い成績をとっていた。 そして１９９８年２月、ぼくたちは中学受験をし、無事志望校に合格し、同じ中学に行くことになった。ぼくは１４歳で渡米し、海の向こうでの生活を選んだ。今井くんは、一緒に入学した進学校で中高を過ごし、東京大学に進み、ロースクールでエリート街道まっしぐらだ。いや、正確には、この本を読むまで、彼はエリート街道まっしぐらだと思い込んでいた。 この「東大式決断術」という本は、通読すると、あたかも「賢い東大生が教える、もっと効率の良い人生の生き方」の本のように思える。でも、各章の冒頭で引用される偉人たちの言葉と、ちきりんを彷彿されるイラストの間に、彼が口頭では絶対に語らない、苦労と努力を垣間みた。 ぼくの中での今井くんというのは、何事もそつなくこなす、優等生だ。イケメンで、運動神経もよく、音楽にも長け、超がつく高学歴。こんなにいろいろと兼ね備えた人も珍しい。でも、そうすぐに万能人間は生まれないわけで、彼には彼なりの苦労と努力があったのだろう。この本に書いてあるアドバイスを、彼はおそらく逐一実行しているのだ。昔、ぼくの家に来ていても、寝る前の腹筋運動を欠かさなかった彼を見て、「まるでThe Professionalの殺し屋だな」と思ったが、今ふりかえれば、あれも能動的に人生を生きる彼のスタンスの一面だったのだ。この本には、有名どころの自己啓発やマネジメントの本が数多く引用されているが、最大の参考文献は、創意工夫とたゆまぬ努力で人生を頑張ってきた今井くんの実体験に違いない。彼の半生も、ぼくが知ることのない失敗や試行錯誤の連続だったのだろう。 タイトルの「東大式決断術」は、「東大法科大学院に在籍の都会のスーパーエリートが語る、実は僕だって散々辛酸をなめてきたし、挫折も味わっている式決断術」の略で、カバーデザインの都合上、大幅に短縮されたのだろう。一見パーフェクトなエリート野郎も、いろいろと失敗しているんだよということを知るためだけにも、一読を勧める。中学受験の狂気の中でも、バランス感覚を失わなかった彼ならではの本だ。 別にお涙ちょうだい的な本では全くないのだが、読み進めるうちに、塾で机を並べたこと、一緒に中学合格を祝ったこと、志賀高原で一緒にスキーをしたこと、ぼくが渡米する前夜に麻雀を一緒にしたこと、中学生の時にセックスしたいと叫びながら我が家のベッドで跳ねていたこと、自宅に電話するといつも丁寧に「はい今井でございます」と電話口に出てきたこと、中学生の頃から言っていた弁護士になるという夢を着実に実現しつつあることなどを思い出し、不覚にも涙腺が緩んだことを、恥ずかしながら報告しておく。 たけ、これからもよろしく。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１６年来の付き合いの旧友が書いた本を読んだ。「東大式決断術」という、タイトルで釣りにいく気満載の本だ。</p>

<p><center>
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4781701051/ref=as_li_ss_il?ie=UTF8&#038;tag=jktamuracom-22&#038;linkCode=as2&#038;camp=247&#038;creative=7399&#038;creativeASIN=4781701051"><img border="0" src="http://ws.assoc-amazon.jp/widgets/q?_encoding=UTF8&#038;Format=_SL160_&#038;ASIN=4781701051&#038;MarketPlace=JP&#038;ID=AsinImage&#038;WS=1&#038;tag=jktamuracom-22&#038;ServiceVersion=20070822" ></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=jktamuracom-22&#038;l=as2&#038;o=9&#038;a=4781701051" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
</center></p>

<p>東京の有名な私立小学校に通っていた彼と、多摩川を臨むいたって普通の公立小学校に通っていた僕を引き合わせたのは、中学受験だった。ぼくの学区の中学校は評判がよろしくなく、小学校３年生の頃から、回避手段として中学受験することを漠然と考えていた。どうせ受験するならば真剣にやろうということで、スパルタで知られていたサピックスという塾に、小学校３年生の２月から通いはじめた。それも何を思ったか、どうせ通うなら、本校に通いたいということで、家から一時間近く離れた日本橋の本校に通いはじめた。「東大式決断術」の筆者、今井くんは、そこでのクラスメートだった。それから丸３年、ぼくたちは机を並べて勉強した。</p>

<p>小学校時代のぼくは、とにかく勝ち気で、負けず嫌いで、思いやりのかけらもないイヤなヤツだったと思う。今の自分がいいヤツだというつもりは全くないが、今よりさらにイヤなヤツだったということは間違いない。塾のテストで誰よりも良い点数をとることだけが生き甲斐だった。来る日も来る日もひたすら机に向い、本番の受験がやってきた頃には、志望校に合格することとかは、二次的な問題になっていた。</p>

<p>それに比べ、今井くんは当時から、醒めていたというか、現実的だったと思う。別に成績が悪かったわけではないが、がむしゃらに勉強をしていた印象はなかった。小学校の学校行事もきちんとこなし、塾でも、一番ではないが、それなりに良い成績をとっていた。</p>

<p>そして１９９８年２月、ぼくたちは中学受験をし、無事志望校に合格し、同じ中学に行くことになった。ぼくは１４歳で渡米し、海の向こうでの生活を選んだ。今井くんは、一緒に入学した進学校で中高を過ごし、東京大学に進み、ロースクールでエリート街道まっしぐらだ。いや、正確には、この本を読むまで、彼はエリート街道まっしぐらだと思い込んでいた。</p>

<p>この「東大式決断術」という本は、通読すると、あたかも「賢い東大生が教える、もっと効率の良い人生の生き方」の本のように思える。でも、各章の冒頭で引用される偉人たちの言葉と、ちきりんを彷彿されるイラストの間に、彼が口頭では絶対に語らない、苦労と努力を垣間みた。</p>

<p>ぼくの中での今井くんというのは、何事もそつなくこなす、優等生だ。イケメンで、運動神経もよく、音楽にも長け、超がつく高学歴。こんなにいろいろと兼ね備えた人も珍しい。でも、そうすぐに万能人間は生まれないわけで、彼には彼なりの苦労と努力があったのだろう。この本に書いてあるアドバイスを、彼はおそらく逐一実行しているのだ。昔、ぼくの家に来ていても、寝る前の腹筋運動を欠かさなかった彼を見て、「まるでThe Professionalの殺し屋だな」と思ったが、今ふりかえれば、あれも能動的に人生を生きる彼のスタンスの一面だったのだ。この本には、有名どころの自己啓発やマネジメントの本が数多く引用されているが、最大の参考文献は、創意工夫とたゆまぬ努力で人生を頑張ってきた今井くんの実体験に違いない。彼の半生も、ぼくが知ることのない失敗や試行錯誤の連続だったのだろう。</p>

<p>タイトルの「東大式決断術」は、「東大法科大学院に在籍の都会のスーパーエリートが語る、実は僕だって散々辛酸をなめてきたし、挫折も味わっている式決断術」の略で、カバーデザインの都合上、大幅に短縮されたのだろう。一見パーフェクトなエリート野郎も、いろいろと失敗しているんだよということを知るためだけにも、一読を勧める。中学受験の狂気の中でも、バランス感覚を失わなかった彼ならではの本だ。</p>

<p>別にお涙ちょうだい的な本では全くないのだが、読み進めるうちに、塾で机を並べたこと、一緒に中学合格を祝ったこと、志賀高原で一緒にスキーをしたこと、ぼくが渡米する前夜に麻雀を一緒にしたこと、中学生の時にセックスしたいと叫びながら我が家のベッドで跳ねていたこと、自宅に電話するといつも丁寧に「はい今井でございます」と電話口に出てきたこと、中学生の頃から言っていた弁護士になるという夢を着実に実現しつつあることなどを思い出し、不覚にも涙腺が緩んだことを、恥ずかしながら報告しておく。</p>

<p>たけ、これからもよろしく。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>空港のスタバにて</title>
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		<pubDate>Wed, 07 Mar 2012 08:23:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[posts]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://j.ktamura.com/?p=2035</guid>
		<description><![CDATA[南カリフォルニアにあるJohn Wayne空港のスターバックスで、アイスコーヒーを頼んだ時のことだ。 ぼくのオーダーをとったのは、恰幅のよい、スキンヘッドの、白人の兄ちゃんで、身長は１７０センチ、年齢は２０代後半といったところだろうか。慣れたレジ打ちの手つきを見る限り、古参の店員か、店長だろう。名札にはヴィンスと書いてあった。ぼくが渡したクレジットカードをカードリーダーでスワイプしながら、もう１人の店員にオーダーを告げた。 「グランデアイスコーヒー。砂糖無しね。」 もう１人の店員は、２０そこそこの痩せたヒスパニックの男の子で、１０センチほどの髪の毛はジェルで固められ、ハリネズミのようにツンツンしている。名前は覚えていないので、ロナウドということにしよう。冷蔵庫の扉に手を伸ばしかけたロナウドが発した次の一言に、ぼくはおったまげた。 「てかアイスコーヒーってどうやって作るんすかね。」 おいちょっと待て。お前は仮にもスタバで働いているんだぞ。アイスコーヒーくらい作れるだろ。というかそれがお前の仕事だ。 「そのカップいっぱいに氷を入れてコップに注げ。冷やしたコーヒーは冷蔵庫に入っているから。」と、ヴィンスは何事もなかったかのように指示した。 ロナウドはおもむろにカップを手にとり、氷がぎょうさん入ったコンテナにカップを持った手を突っ込み、言われたとおりカップいっぱいの氷を掬いあげ、それをざざーっとグランデサイズのコップに注ぎ込んだ。氷が溢れ出て、ステンレスのテーブルにこぼれ落ちた。 「こんなんですかね。」「そうだ。」「後はコーヒーっすね」「そうだ。」 ロナウドは冷蔵庫から、プラスチックの容器に入った冷たいコーヒーを取り出し、慎重に注いだ。コーヒーが氷と氷の隙間を満たしていく。プラスチックの蓋をつけ、蓋の切れ目にストローを刺し、アイスコーヒーを僕の方に持ってきた。すぐできるはずのアイスコーヒーが予想外に時間を食ったので、少し皮肉も込めてこう聞いた。 「アイスコーヒー作るの初めて？」 うまく皮肉が伝わらなかったのか、ロナウドは、自信たっぷりの表情でこう答えた。 「そうなんだよ。これだけ客が来てるのにアイスコーヒーって誰も頼まないんだよ。不思議だよね。」 不思議じゃないわボケ。不思議なのは、アイスコーヒー一つ作るにもボスにやり方を聞いているお前の無能さだ。予習しとけよというか、常識的に考えればボスに聞かなくてもわかるだろ。 一通り頭の中でロナウドにツッコミを入れ、アイスコーヒーを手にしてから、ふと戦略コンサルタントをしている友人の言葉を思い出した。「日本ってさ、すんごい現場が優秀なんだよ。」 日本に行く度に、サービスの質の良さというか、接客業のカンペキさに舌を巻く。全ての従業員が、いわゆるマニュアル的なものを隅から隅まで把握しており、それを徹頭徹尾実行している。日本のスタバで、「すんません店長。アイスコーヒーの作り方わかんないっすけど。」なんて聞いたことがない。ドリンクの作り方を把握していない店員が、バリスタをやることなんてないだろう。行き届いたサービスが当たり前の国で、ドリンク一つまともに作れないバリスタを店に出すなんて、非常識にもほどがある。 アメリカ&#8212;といっても場所や状況によるが&#8212;の方が、その点ムチャクチャというか、かなりテキトウに思える。ぼくは今まで２つの会社でしか働いたことがないが、研修・トレーニングというものは皆無だった。もちろん両方とも小さい会社だということもあるだろうが、同じ規模の日本の会社と比べても、放任主義というか、「まずやらせてみる」的なところが大きい。そう考えれば、先のロナウドの件も腑に落ちる。フラペチーノからアイスコーヒーまで全てのドリンクを練習させてから店頭に出すのではなく、まずとにかく店頭に出して仕事をさせてみる。わからないことは必要に応じて学べというわけだ。 それにしてもなあ。アイスコーヒーだぞ。アイス入れてコーヒー注ぐだけじゃん。やっぱりロナウド、アホじゃないか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>南カリフォルニアにあるJohn Wayne空港のスターバックスで、アイスコーヒーを頼んだ時のことだ。</p>

<p>ぼくのオーダーをとったのは、恰幅のよい、スキンヘッドの、白人の兄ちゃんで、身長は１７０センチ、年齢は２０代後半といったところだろうか。慣れたレジ打ちの手つきを見る限り、古参の店員か、店長だろう。名札にはヴィンスと書いてあった。ぼくが渡したクレジットカードをカードリーダーでスワイプしながら、もう１人の店員にオーダーを告げた。</p>

<p>「グランデアイスコーヒー。砂糖無しね。」</p>

<p>もう１人の店員は、２０そこそこの痩せたヒスパニックの男の子で、１０センチほどの髪の毛はジェルで固められ、ハリネズミのようにツンツンしている。名前は覚えていないので、ロナウドということにしよう。冷蔵庫の扉に手を伸ばしかけたロナウドが発した次の一言に、ぼくはおったまげた。</p>

<p>「てかアイスコーヒーってどうやって作るんすかね。」</p>

<p>おいちょっと待て。お前は仮にもスタバで働いているんだぞ。アイスコーヒーくらい作れるだろ。というかそれがお前の仕事だ。</p>

<p>「そのカップいっぱいに氷を入れてコップに注げ。冷やしたコーヒーは冷蔵庫に入っているから。」と、ヴィンスは何事もなかったかのように指示した。</p>

<p>ロナウドはおもむろにカップを手にとり、氷がぎょうさん入ったコンテナにカップを持った手を突っ込み、言われたとおりカップいっぱいの氷を掬いあげ、それをざざーっとグランデサイズのコップに注ぎ込んだ。氷が溢れ出て、ステンレスのテーブルにこぼれ落ちた。</p>

<p>「こんなんですかね。」「そうだ。」「後はコーヒーっすね」「そうだ。」</p>

<p>ロナウドは冷蔵庫から、プラスチックの容器に入った冷たいコーヒーを取り出し、慎重に注いだ。コーヒーが氷と氷の隙間を満たしていく。プラスチックの蓋をつけ、蓋の切れ目にストローを刺し、アイスコーヒーを僕の方に持ってきた。すぐできるはずのアイスコーヒーが予想外に時間を食ったので、少し皮肉も込めてこう聞いた。</p>

<p>「アイスコーヒー作るの初めて？」</p>

<p>うまく皮肉が伝わらなかったのか、ロナウドは、自信たっぷりの表情でこう答えた。</p>

<p>「そうなんだよ。これだけ客が来てるのにアイスコーヒーって誰も頼まないんだよ。不思議だよね。」</p>

<p>不思議じゃないわボケ。不思議なのは、アイスコーヒー一つ作るにもボスにやり方を聞いているお前の無能さだ。予習しとけよというか、常識的に考えればボスに聞かなくてもわかるだろ。</p>

<p>一通り頭の中でロナウドにツッコミを入れ、アイスコーヒーを手にしてから、ふと戦略コンサルタントをしている友人の言葉を思い出した。「日本ってさ、すんごい現場が優秀なんだよ。」</p>

<p>日本に行く度に、サービスの質の良さというか、接客業のカンペキさに舌を巻く。全ての従業員が、いわゆるマニュアル的なものを隅から隅まで把握しており、それを徹頭徹尾実行している。日本のスタバで、「すんません店長。アイスコーヒーの作り方わかんないっすけど。」なんて聞いたことがない。ドリンクの作り方を把握していない店員が、バリスタをやることなんてないだろう。行き届いたサービスが当たり前の国で、ドリンク一つまともに作れないバリスタを店に出すなんて、非常識にもほどがある。</p>

<p>アメリカ&#8212;といっても場所や状況によるが&#8212;の方が、その点ムチャクチャというか、かなりテキトウに思える。ぼくは今まで２つの会社でしか働いたことがないが、研修・トレーニングというものは皆無だった。もちろん両方とも小さい会社だということもあるだろうが、同じ規模の日本の会社と比べても、放任主義というか、「まずやらせてみる」的なところが大きい。そう考えれば、先のロナウドの件も腑に落ちる。フラペチーノからアイスコーヒーまで全てのドリンクを練習させてから店頭に出すのではなく、まずとにかく店頭に出して仕事をさせてみる。わからないことは必要に応じて学べというわけだ。</p>

<p>それにしてもなあ。アイスコーヒーだぞ。アイス入れてコーヒー注ぐだけじゃん。やっぱりロナウド、アホじゃないか。</p>
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		<title>「このプログラムは◯◯言語で書きました」の本当の意味</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Feb 2012 08:42:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[例：「このプログラムはC言語で書きました」＝「このプログラムはGDBでひたすらデバッグしてvalgrindでメモリリークをチェックしました」 以下絵が続きます。チャートそのものはd3.jsで描かれていて、このgistを拝借して手を加えています。 table#t1994 { font-family: helvetica; } C C++ Java Perl Python Ruby PHP Haskell JavaScript Objective-C Erlang D (function(document) { function draw_chart(data, selector) { var w = 300; var h = 300; var r = 120; var color = d3.scale.category10() var vis = d3.select(selector) .append("svg:svg") .data([data]) .attr("width", w) .attr("height", h) .append("svg:g") .attr("transform", "translate(" + [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>例：「このプログラムはC言語で書きました」＝「このプログラムはGDBでひたすらデバッグしてvalgrindでメモリリークをチェックしました」</p>

<p>以下絵が続きます。チャートそのものは<a href="http://mbostock.github.com/d3/">d3.js</a>で描かれていて、この<a href="https://gist.github.com/1203641">gist</a>を拝借して手を加えています。</p>

<p><style type="text/css">
table#t1994 { font-family: helvetica; }
</style></p>

<table id="t1994">
<tr>
<td id="1944-c"><h4>C</h4></td>
<td id="1944-cpp"><h4>C++</h4></td>
</tr>
<tr>
<td id="1944-java"><h4>Java</h4></td>
<td id="1944-perl"><h4>Perl</h4></td>
</tr>
<tr>
<td id="1944-python"><h4>Python</h4></td>
<td id="1944-ruby"><h4>Ruby</h4></td>
</tr>
<tr>
<td id="1944-php"><h4>PHP</h4></td>
<td id="1944-haskell"><h4>Haskell</h4></td>
</tr>
<tr>
<td id="1944-js"><h4>JavaScript</h4></td>
<td id="1944-objc"><h4>Objective-C</h4></td>
</tr>
<tr>
<td id="1944-erlang"><h4>Erlang</h4></td>
<td id="1944-d"><h4>D</h4></td>
</tr>
</table>

<script type="text/javascript" src="http://j.ktamura.com/static/d3/d3.js"></script>

<script type="text/javascript">
(function(document) {
function draw_chart(data, selector) {
    var w = 300;
    var h = 300;
    var r = 120;
    var color = d3.scale.category10()
    var vis = d3.select(selector)
        .append("svg:svg")
        .data([data])
            .attr("width", w)
            .attr("height", h)
        .append("svg:g")
            .attr("transform", "translate(" + r + "," + r + ")");

    var arc = d3.svg.arc().outerRadius(r);
    var pie = d3.layout.pie().value(function(d) { return d.value; });

    var arcs = vis.selectAll("g.slice")
        .data(pie)
        .enter()
            .append("svg:g")
                .attr("class", "slice");

        arcs.append("svg:path")
                .attr("fill", function(d, i) { return color(i); } )
                .attr("d", arc);

        arcs.append("svg:text")
                .attr("transform", function(d) {

                d.innerRadius = 0;
                d.outerRadius = r;
                return "translate(" + arc.centroid(d) + ")";
            })
            .attr("text-anchor", "middle")
            .text(function(d, i) { return data[i].label; });
}

draw_chart([{value: 50, label: 'valgrind'},{value: 50, label: 'GDB'}], 'td[id="1944-c"]');
draw_chart([{value: 50, label: 'Template'},{value: 50, label: 'Fuck template'}], 'td[id="1944-cpp"]');
draw_chart([{value: 50, label: 'Eclipse'},{value: 45, label: 'IntelliJ'},{value: 5, label: 'politics'}], 'td[id="1944-java"]');
draw_chart([{value: 70, label: 'CPAN'},{value: 15, label: 'coreutils'},{value: 15, color: '#888', label: 'used Python instead'}], 'td[id="1944-perl"]');
draw_chart([{value: 70, label: 'indentation'},{value: 30, label: 'ctypes'}], 'td[id="1944-python"]');
draw_chart([{value: 70, label: 'Rails'},{value: 30, label: 'Rails is too hipster'}], 'td[id="1944-ruby"]');
draw_chart([{value: 50, label: 'php.net/manual'},{value: 50, label: 'copy-paste'}], 'td[id="1944-php"]');
draw_chart([{value: 15, label: 'Haskell'},{value: 85, label: 'Fanboyhood'}], 'td[id="1944-haskell"]');
draw_chart([{value: 40, label: 'Web Inspector'},{value: 30, label: 'Firebug'},{value: 10, label: 'quirksmode'},{value: 10, label: 'IE6'},{value: 10, label: 'Node'},], 'td[id="1944-js"]');
draw_chart([{value: 100, label: 'iWantToMake$$$FromApps'}], 'td[id="1944-objc"]');
draw_chart([{value: 50, label: 'Haskell too hard'},{value: 50, label: '♡ concurrency'}], 'td[id="1944-erlang"]');
draw_chart([{value: 100, label: '@repeatedly'}], 'td[id="1944-d"]');
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		<title>MessagePackをCHE.R.RYにのせてみた</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 11:00:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[posts]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は非常にギークな話になる。 MessagePackという古橋貞之さんが書いたシリアライザがある。シリアライザというのは、コンピューター同士やプログラム間でのデータ通信のために行う一種のデータ変換を請け負うものだ。MessagePackはその一つで、これが異常に良くできている。今日なぜかMessagePackと、シンガーソングライターのYUIの話になったので、CHE.R.RYの替え歌を考えてみた。MessagePackのさらなる普及に寄与できれば幸いだ。 指先が震えた　それは小さなデータになってたんだ バイナリ苦手だった　だけどこんなサイズなら　ワクワクしちゃう Thrift バグだらけだって　誰かに聞いたことあるけど パッチもレビューサボり過ぎ　大嫌い！　oh fuck my life コメントしたんだ　たぶん気づいてないでしょう？ 火曜夜　願いこめて　RE.FAC.TOR gitで送る君へのMessage(Pack) サクラが呟いてる　これからはMessagePackの時代（#ステマ） JSONとか遅いし　グーグルのやつもちょっとイマイチ（#ステマ） ほんの１行でも構わないんだ　キミからのパッチがほすぃんだ とにかく貢献してほしいの 好きだから　Mes.sa.ge.Pack Copy-on-Write　たぶん気づいてないでしょう？ 土曜夜　願いこめて　Speed up! gitで送る君へのMessage(Pack) 速くなれTHEシリアライザ　どんな手段使ってでも高速化 Mes.sa.ge.Pack これは始まり 目標もち世界制覇 いつまでも待ってられるか　各言語サポートお願いMessage(Pack) コミットしたんだ　たぶん気づいてないでしょう？ 日曜日　願いこめて　RE.LEA.SE gitで送る君へのMessage(Pack)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は非常にギークな話になる。</p>

<p><a href="http://msgpack.org">MessagePack</a>という<a href="https://github.com/frsyuki">古橋貞之</a>さんが書いたシリアライザがある。シリアライザというのは、コンピューター同士やプログラム間でのデータ通信のために行う一種のデータ変換を請け負うものだ。MessagePackはその一つで、これが異常に良くできている。今日なぜかMessagePackと、シンガーソングライターのYUIの話になったので、CHE.R.RYの替え歌を考えてみた。MessagePackのさらなる普及に寄与できれば幸いだ。</p>

<pre><code>指先が震えた　それは小さなデータになってたんだ
バイナリ苦手だった　だけどこんなサイズなら　ワクワクしちゃう
Thrift バグだらけだって　誰かに聞いたことあるけど
パッチもレビューサボり過ぎ　大嫌い！　oh fuck my life

コメントしたんだ　たぶん気づいてないでしょう？
火曜夜　願いこめて　RE.FAC.TOR
gitで送る君へのMessage(Pack)

サクラが呟いてる　これからはMessagePackの時代（#ステマ）
JSONとか遅いし　グーグルのやつもちょっとイマイチ（#ステマ）
ほんの１行でも構わないんだ　キミからのパッチがほすぃんだ
とにかく貢献してほしいの

好きだから　Mes.sa.ge.Pack

Copy-on-Write　たぶん気づいてないでしょう？
土曜夜　願いこめて　Speed up!
gitで送る君へのMessage(Pack)

速くなれTHEシリアライザ　どんな手段使ってでも高速化 Mes.sa.ge.Pack

これは始まり 目標もち世界制覇
いつまでも待ってられるか　各言語サポートお願いMessage(Pack)

コミットしたんだ　たぶん気づいてないでしょう？
日曜日　願いこめて　RE.LEA.SE
gitで送る君へのMessage(Pack)
</code></pre>

<iframe width="500" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/0xNNXfBZT7c" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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		<title>ナガツダ先生とマッコちゃん</title>
		<link>http://j.ktamura.com/archives/1905?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=%25e3%2583%258a%25e3%2582%25ac%25e3%2583%2584%25e3%2583%2580%25e5%2585%2588%25e7%2594%259f%25e3%2581%25a8%25e3%2583%259e%25e3%2583%2583%25e3%2582%25b3%25e3%2581%25a1%25e3%2582%2583%25e3%2582%2593</link>
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		<pubDate>Thu, 23 Feb 2012 07:35:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[posts]]></category>

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		<description><![CDATA[大阪の橋下市長が、小中学生の留年を検討していると聞いた。小中学生の学力を底上げする目的とのことだ。そこでふと自分の小学生時代のことを思い出した。 ナガツダ先生は、小学校４年生から６年生までの３年間、ぼくの担任だった。小柄のおばさんで、分厚いメガネをしており、いつも青いジャンパーに黒いスパッツのようなズボンをはいていた記憶がある。 ナガツダ先生の授業は変わっていた。図画工作ひとつとっても、本来だったら１学期は写生、２学期は粘度工作みたいに、シラバス的なものがあったはずで、同学年の他の二組（うちの学校は一学年三組だった）は忠実にそれに沿っていたが、ぼくらのクラスは一年間通してデッサンばっかりしていた。それもクラスメートお互いの顔のデッサンだ。「相手の顔をよく見て、気づいたことを正直に描きましょう。ごまかしたり、友達だからと言ってキレイに書いたらダメです。」最初はみんなお互いの目をじっと見るのすら恥ずかしがったが、正月を迎えるころには、みんな相当デッサンが上手になっていた。まるまる一年間クラスメートの顔を描き続けて学んだのは、目はとても表情豊かなものだということだ。ナガツダ先生も、「まず目を書きましょう。目が上手に書けないと、残りも上手くいきませんよ。」と、いつもアドバイスしていた。 クラスで喧嘩があると、授業を全て吹っ飛ばしてみんなで話しあわせたり、国語の授業で、ひたすらみんなに魚へんの漢字を調べさせたりと、とにかく風変わりな授業をする先生だったが、特に印象に残っている授業がある。 「あ、明日なんだけど。リンゴと果物ナイフ持ってきてー」 ある日、六時間目の終わり、みんなが帰り支度をするなか、ナガツダ先生は思い出したように言った。今だったら、小学校５年生にナイフを持って登校させるなんて問題になるのかもしれない。１００歩譲ってナイフの持ち込みは目をつぶったとしても、リンゴとナイフで何をするつもりなんだろう。家庭科の授業じゃあるまいし、やっぱりナガツダ先生は変わっているなあと思い、ぼくは帰路に着いた。 夕食の席で、ぼくは母親にリンゴとナイフのことを聞いた。 「あ、母さん。明日、リンゴとナイフ持ってこいって。ナガツダ先生が」 「リンゴとナイフ？家庭科の授業かなんかなの。」 「知らないよ。ナガツダ先生の授業に教科とかないじゃん。」 「確かにそうね」 次の日、ぼくも含めた５年２組の３０人は、それぞれリンゴ一つと果物ナイフを持って登校した。何時間目だったか忘れたが、ナガツダ先生が、持参したリンゴと果物ナイフを出すように言った。 「この時間は、みんなでリンゴの皮をむきます。ルールはカンタンです。リンゴのヘタのところがありますよね。そこからナイフを入れて、くるくるリンゴを回しながら、らせん階段のように皮をむいていきます。あ、別に競争でもなんでもないのよ。怪我をしないように慎重にね。皮が途中でちぎれないようにがんばるのなんかもいいかもね。」 もう担任２年目で、ナガツダ先生の変な授業には慣れっこなので、みんな眈々とリンゴの皮をむき始めた。いざ始めてみると、これがなかなか難しい。子供の小さい手では、うまくリンゴもナイフも操れず、実を深く削いでしまったり、皮がすぐ切れてしまう。ぼくも不器用な方なので、全然思うようにいかず、いっそナイフを置いて、リンゴにかぶりつきたくなった。 そんなこんなしているうちに、クラスの真ん中で、歓声があがった。マッコちゃんが、目を見張るスピードで、皮を途切れさせることなく、リンゴの皮をむいていたのだ。くるくる回るリンゴは、どんどん裸になっていき、帯状の赤い皮が、するすると下に伸びている。よく時代劇ものの漫画とかで、バカ殿が女の着物の帯を引っ張り、それにあわせて女が「あれー」とか言いながら回るシーンがあるが、まさしくあれである。別段急いでいるわけでもなく、手際よく。くるくるくるくる。くるくるくるくる。 「すげーなー」 「マッコちゃん上手ー」 「超意外だよなーマッコだぜ。マッコ。」 マッコちゃんは、ぱっと見た感じ、到底リンゴの皮を上手にむきそうな子ではない。小学生にしてすでにヤンキーファッションで、髪は茶色に染めてあり、口使いも荒かった。小学校３年生から塾に通い、温室育ちだったぼくは、彼女が苦手だった。 マッコちゃんは、あっという間に、一度も皮をとぎれさせることなく、リンゴをむき終えた。 ナガツダ先生は、待ってましたと言わんばかりに、マッコちゃんの席まで行き、ビローンと伸びたマッコちゃんの作品を手にとり、誇らしげに言った。「ほらみんな、松野さん見て。一度も途切れてないでしょ。すごいでしょー」 マッコちゃんはもじもじしていた。彼女が算数のテストで５０点を超えたのは見たことがないし、ヤンキーな容貌もあって、官僚の子弟のグループとかからは、白い目に見られていた。別に運動神経がいいわけでもないし、ソラマメのような目に、申し訳ない程度のサイズの鼻がちょこんとついた顔は、派手な茶髪に完全に迫力負けしていた。そんなマッコちゃんの、初めてといっていいスポットライトだった。 「みんなマッコちゃんが、こんなにリンゴの皮をむくのが上手だって知ってた？」 ナガツダ先生は僕らに聞いた。マッコちゃんと仲いいカオリン他２、３人以外、みんな首を横にふった。「先生知ってたの」とヨウちゃんが聞いた。「うん知ってた」と、ナガツダ先生は返す。 「へー先生なんでそんなこと知ってるのー」 「そりゃ以前に見たからよ」 「でも先生、家庭科の先生じゃないじゃん」 「佐田くん、ナイフを使うのは家庭科だけじゃないわよ」 「え？」 「一学期にみんなで行ったでしょー川場村の遠足。そこで松野さんがカレーに入れるリンゴの皮をむいているの見たの」 「へー先生よく見てるんだなあ」 ヨウちゃんは感心していた。ナガツダ先生は続けた。 「今日みんなにリンゴの皮むきをさせたのは、松野さんがリンゴの皮むきがどれだけ上手か、みんなに体感してもらいたかったの。実際自分でやった方が、どれだけ難しいかわかるでしょ。それに、同じクラスメートでも、お互いが知らない良いところってたくさんあるということを、伝えたかったの。学校の成績がよいのも、足が速いのも、とてもいいことだと思う。でも、学校生活で普段見えるものだけが全てではないでしょ。どのご家庭だって家事は必要不可欠。野菜を切るのだって、果物の皮をむくのだって、生きていくうえでは大事なスキルです。」 あとで知ったことだが、マッコちゃんの家は父子家庭で、４人兄弟の次女として、蒸発した母親の代わりに、小学生にして、既に家族の朝ご飯を作っていたそうだ。朝忙しいなか、家族５人の朝食を作っていたマッコちゃんにとって、リンゴの皮をとぎれさせずにむくなんて、文字通り朝飯前だったに違いない。マッコちゃんは、僕と同じくらいの遅刻魔で、いっつも一時間目に遅れてきていたが、今思えば、あれは多分、朝ご飯を作っていたからなんだろう。見えていることだけが真実ではない&#8211;ぼくの生きる上での信条のきっかけとなった、リンゴ皮むき授業だ。 ぼくは、ナガツダ先生の教育が最高だというつもりはない。丸一日おたがいの顔をデッサンさせたり、リンゴの皮むきをさせたり、ひたすら魚へんの漢字を書かせたりしていたせいで、肝心の学校のカリキュラムは、全くと言っていいほど進まなかった。３学期になって、１学期に履修すべき教材をやっていたこともあった。なかにはヤキモキした親御さんたちもいただろう。 個人的には、素晴らしい教育を受けさせてもらったと思う。でもそれは、自分が小学校高学年の３年間、塾漬けで、小学校で、「お勉強」をする必要がなかったからだ。塾でイヤというほど知識とノウハウを詰め込まれていたぼくにとって、小学校は、息抜きというか、もっと人間的な面での学びの場だった。 でもこれって実はとても自己中心的な視点であって、小学校では、きちんとした授業をやるべきというのが、正論なんだろう。先生も生徒も、「お勉強」の部分でのパフォーマンスを第一に考えるべきというのは、極めて自然な意見ともいえる。きちんとお勉強ができる子が「いい生徒」。そして、「いい生徒」をたくさん教育できるのが、「いい先生」。 でも、やっぱり僕はどこか引っかかるのである。橋下さんや教育のお偉いさんたちが考える、「学力」重視のシステムは、マッコちゃんのような生徒や、彼女の良さを見いだしていたナガツダ先生みたいな人たちを、むげにゴミ箱に捨ててしまうのかもしれないと。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大阪の橋下市長が、小中学生の留年を検討していると聞いた。小中学生の学力を底上げする目的とのことだ。そこでふと自分の小学生時代のことを思い出した。</p>

<p>ナガツダ先生は、小学校４年生から６年生までの３年間、ぼくの担任だった。小柄のおばさんで、分厚いメガネをしており、いつも青いジャンパーに黒いスパッツのようなズボンをはいていた記憶がある。</p>

<p>ナガツダ先生の授業は変わっていた。図画工作ひとつとっても、本来だったら１学期は写生、２学期は粘度工作みたいに、シラバス的なものがあったはずで、同学年の他の二組（うちの学校は一学年三組だった）は忠実にそれに沿っていたが、ぼくらのクラスは一年間通してデッサンばっかりしていた。それもクラスメートお互いの顔のデッサンだ。「相手の顔をよく見て、気づいたことを正直に描きましょう。ごまかしたり、友達だからと言ってキレイに書いたらダメです。」最初はみんなお互いの目をじっと見るのすら恥ずかしがったが、正月を迎えるころには、みんな相当デッサンが上手になっていた。まるまる一年間クラスメートの顔を描き続けて学んだのは、目はとても表情豊かなものだということだ。ナガツダ先生も、「まず目を書きましょう。目が上手に書けないと、残りも上手くいきませんよ。」と、いつもアドバイスしていた。</p>

<p>クラスで喧嘩があると、授業を全て吹っ飛ばしてみんなで話しあわせたり、国語の授業で、ひたすらみんなに魚へんの漢字を調べさせたりと、とにかく風変わりな授業をする先生だったが、特に印象に残っている授業がある。</p>

<p>「あ、明日なんだけど。リンゴと果物ナイフ持ってきてー」</p>

<p>ある日、六時間目の終わり、みんなが帰り支度をするなか、ナガツダ先生は思い出したように言った。今だったら、小学校５年生にナイフを持って登校させるなんて問題になるのかもしれない。１００歩譲ってナイフの持ち込みは目をつぶったとしても、リンゴとナイフで何をするつもりなんだろう。家庭科の授業じゃあるまいし、やっぱりナガツダ先生は変わっているなあと思い、ぼくは帰路に着いた。</p>

<p>夕食の席で、ぼくは母親にリンゴとナイフのことを聞いた。</p>

<p>「あ、母さん。明日、リンゴとナイフ持ってこいって。ナガツダ先生が」</p>

<p>「リンゴとナイフ？家庭科の授業かなんかなの。」</p>

<p>「知らないよ。ナガツダ先生の授業に教科とかないじゃん。」</p>

<p>「確かにそうね」</p>

<p>次の日、ぼくも含めた５年２組の３０人は、それぞれリンゴ一つと果物ナイフを持って登校した。何時間目だったか忘れたが、ナガツダ先生が、持参したリンゴと果物ナイフを出すように言った。</p>

<p>「この時間は、みんなでリンゴの皮をむきます。ルールはカンタンです。リンゴのヘタのところがありますよね。そこからナイフを入れて、くるくるリンゴを回しながら、らせん階段のように皮をむいていきます。あ、別に競争でもなんでもないのよ。怪我をしないように慎重にね。皮が途中でちぎれないようにがんばるのなんかもいいかもね。」</p>

<p>もう担任２年目で、ナガツダ先生の変な授業には慣れっこなので、みんな眈々とリンゴの皮をむき始めた。いざ始めてみると、これがなかなか難しい。子供の小さい手では、うまくリンゴもナイフも操れず、実を深く削いでしまったり、皮がすぐ切れてしまう。ぼくも不器用な方なので、全然思うようにいかず、いっそナイフを置いて、リンゴにかぶりつきたくなった。</p>

<p>そんなこんなしているうちに、クラスの真ん中で、歓声があがった。マッコちゃんが、目を見張るスピードで、皮を途切れさせることなく、リンゴの皮をむいていたのだ。くるくる回るリンゴは、どんどん裸になっていき、帯状の赤い皮が、するすると下に伸びている。よく時代劇ものの漫画とかで、バカ殿が女の着物の帯を引っ張り、それにあわせて女が「あれー」とか言いながら回るシーンがあるが、まさしくあれである。別段急いでいるわけでもなく、手際よく。くるくるくるくる。くるくるくるくる。</p>

<p>「すげーなー」</p>

<p>「マッコちゃん上手ー」</p>

<p>「超意外だよなーマッコだぜ。マッコ。」</p>

<p>マッコちゃんは、ぱっと見た感じ、到底リンゴの皮を上手にむきそうな子ではない。小学生にしてすでにヤンキーファッションで、髪は茶色に染めてあり、口使いも荒かった。小学校３年生から塾に通い、温室育ちだったぼくは、彼女が苦手だった。</p>

<p>マッコちゃんは、あっという間に、一度も皮をとぎれさせることなく、リンゴをむき終えた。</p>

<p>ナガツダ先生は、待ってましたと言わんばかりに、マッコちゃんの席まで行き、ビローンと伸びたマッコちゃんの作品を手にとり、誇らしげに言った。「ほらみんな、松野さん見て。一度も途切れてないでしょ。すごいでしょー」</p>

<p>マッコちゃんはもじもじしていた。彼女が算数のテストで５０点を超えたのは見たことがないし、ヤンキーな容貌もあって、官僚の子弟のグループとかからは、白い目に見られていた。別に運動神経がいいわけでもないし、ソラマメのような目に、申し訳ない程度のサイズの鼻がちょこんとついた顔は、派手な茶髪に完全に迫力負けしていた。そんなマッコちゃんの、初めてといっていいスポットライトだった。</p>

<p>「みんなマッコちゃんが、こんなにリンゴの皮をむくのが上手だって知ってた？」</p>

<p>ナガツダ先生は僕らに聞いた。マッコちゃんと仲いいカオリン他２、３人以外、みんな首を横にふった。「先生知ってたの」とヨウちゃんが聞いた。「うん知ってた」と、ナガツダ先生は返す。</p>

<p>「へー先生なんでそんなこと知ってるのー」</p>

<p>「そりゃ以前に見たからよ」</p>

<p>「でも先生、家庭科の先生じゃないじゃん」</p>

<p>「佐田くん、ナイフを使うのは家庭科だけじゃないわよ」</p>

<p>「え？」</p>

<p>「一学期にみんなで行ったでしょー川場村の遠足。そこで松野さんがカレーに入れるリンゴの皮をむいているの見たの」</p>

<p>「へー先生よく見てるんだなあ」</p>

<p>ヨウちゃんは感心していた。ナガツダ先生は続けた。</p>

<p>「今日みんなにリンゴの皮むきをさせたのは、松野さんがリンゴの皮むきがどれだけ上手か、みんなに体感してもらいたかったの。実際自分でやった方が、どれだけ難しいかわかるでしょ。それに、同じクラスメートでも、お互いが知らない良いところってたくさんあるということを、伝えたかったの。学校の成績がよいのも、足が速いのも、とてもいいことだと思う。でも、学校生活で普段見えるものだけが全てではないでしょ。どのご家庭だって家事は必要不可欠。野菜を切るのだって、果物の皮をむくのだって、生きていくうえでは大事なスキルです。」</p>

<p>あとで知ったことだが、マッコちゃんの家は父子家庭で、４人兄弟の次女として、蒸発した母親の代わりに、小学生にして、既に家族の朝ご飯を作っていたそうだ。朝忙しいなか、家族５人の朝食を作っていたマッコちゃんにとって、リンゴの皮をとぎれさせずにむくなんて、文字通り朝飯前だったに違いない。マッコちゃんは、僕と同じくらいの遅刻魔で、いっつも一時間目に遅れてきていたが、今思えば、あれは多分、朝ご飯を作っていたからなんだろう。見えていることだけが真実ではない&#8211;ぼくの生きる上での信条のきっかけとなった、リンゴ皮むき授業だ。</p>

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<p>ぼくは、ナガツダ先生の教育が最高だというつもりはない。丸一日おたがいの顔をデッサンさせたり、リンゴの皮むきをさせたり、ひたすら魚へんの漢字を書かせたりしていたせいで、肝心の学校のカリキュラムは、全くと言っていいほど進まなかった。３学期になって、１学期に履修すべき教材をやっていたこともあった。なかにはヤキモキした親御さんたちもいただろう。</p>

<p>個人的には、素晴らしい教育を受けさせてもらったと思う。でもそれは、自分が小学校高学年の３年間、塾漬けで、小学校で、「お勉強」をする必要がなかったからだ。塾でイヤというほど知識とノウハウを詰め込まれていたぼくにとって、小学校は、息抜きというか、もっと人間的な面での学びの場だった。</p>

<p>でもこれって実はとても自己中心的な視点であって、小学校では、きちんとした授業をやるべきというのが、正論なんだろう。先生も生徒も、「お勉強」の部分でのパフォーマンスを第一に考えるべきというのは、極めて自然な意見ともいえる。きちんとお勉強ができる子が「いい生徒」。そして、「いい生徒」をたくさん教育できるのが、「いい先生」。</p>

<p>でも、やっぱり僕はどこか引っかかるのである。橋下さんや教育のお偉いさんたちが考える、「学力」重視のシステムは、マッコちゃんのような生徒や、彼女の良さを見いだしていたナガツダ先生みたいな人たちを、むげにゴミ箱に捨ててしまうのかもしれないと。</p>
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