2011-10-22

受付嬢から企画リードへ

今日は同僚のリリィさんについて話そう。

リリィさんはぼくよりも一つ下で、今は、企画チームの一つでプロジェクトリーダーをしている。彼女の下では、大卒2年目の男の子が1人、新入りの男の子が1人働いている。なんだ、たった3人のチームかと思うかもしれないが、企画に関わっているのは全社で40人ほどで、10近くの違う企画が同時に走っているので、特に小さいチームというわけではない。中には1人でプロジェクトを切り盛りしている人もいる。

このリリィさん、入社して4年目なのだが、入社時の仕事は受付嬢だったのだ。

一応大学で生物を専攻したのだが、生物関係にそこまで興味があったわけではなく、大学時代に情熱を注いだのはアカペラだった。会社の面接の時も、「特技はなんかありますか」と聞かれ「ボイスパーカッションです」と答えたそうだ。本人も就職についてそこまで真剣に考えていたわけではないそうで、一時的な仕事として受付嬢の仕事を引き受けた。

実際に仕事を始めてみると、なんでもテキパキこなすし、人当たりも良い。受付嬢にしておくのは勿体ないということで、1年後には、会社の成長を手助けするべく人事を担当することになった。就職希望者をあらかじめ電話面接をしたり、就労に関する法的書類を揃えたり、二次面接のスケジュールを組んだりする仕事だ。この頃から仕事が本格的に忙しくなったので、趣味で続けていたアカペラ活動はやめたそうだ。

そんなこんなしているうちに、企画担当の男の子が急に辞めることになってしまった。どうも元々、ウェブ関係よりもバイオ系に興味があったらしく、別のバイオ系のベンチャーに転職することになったというのだ。あまりに急な話だったので、代役がいない。人事できちんと結果を出していたリリィさんに話をもっていくと、やってみたいとのことだった。こうしてリリィさんは人事から企画にジョブチェンジすることになった。

企画への転属はリリィさんにとっても会社にとっても大ヒットだった。リリィさんにとっては、初めて自分で考えだしたビジネスの最適化方法や、がんばって取りつけた新しい顧客が、会社の利益に直結することがたまらなく楽しいようだった。会社にとっても、飲み込みが早く、誠心誠意働く彼女は頼もしかった。水を得た魚とはこのことで、リリィさんは前にも増してよく働くようになった。

そしてつい最近、全社宛のメールで、リリィさんのボスからリリィさんの昇進が通達された。今まで彼女が担当してきた企画を拡大し、そのリーダーを彼女にやってもらうとの話だった。みんなリリィさんが、顧客とのトラブルの解決のためなら何時まででも粘って仕事してきたのを見ているので、次々におめでとうと言っていた。

彼女の昇進が決まった後、同僚がこんな話をしていた。「こんなことを言うのもなんだけど、あんまり驚かないよね。2年前だったかなあ。彼女がまだ受付嬢をしていた時、なんかの企画ミーティングがあってさ。エンジニアが企画の人に技術的な説明をするんだけど、よくわかってなくてさ。そこにリリィが書類のコピーを渡しに入ってきて、そのまま話を聞いているわけ。そして5分くらい経ってまた企画の人がエンジニアに質問したら、リリィが『いやそれはこうじゃないのかな...』と代わりに説明しだしてね。最初はエンジニアも怪訝な顔をしていたんだけど、後で『同じことを非エンジニアに何回も説明したことがあるけど、一発で理解したのはリリィだけだった』って言ってたわ。」

3年間で受付嬢から企画リードへ。アメリカではそう珍しくない話だ。この国は、良くも悪くも「今」しか見ていない。今、会社のために何ができるかだけが重要で、過去の成果も今やろうとしていることに関係がない限り誰も目も向けない。例えばエンジニアの世界でも、スタンフォードやMITといったエンジニアリングの強豪校を卒業すれば、面接まではこぎつけやすいだろう。でも、もし面接で速く正確なコードが書けなかったりすればそこで終わりだ。逆に、大学を出ていなかったり、ブランド企業での勤務経験がなくても、面接までこじつけさえすれば後は実力勝負だ。過去の栄光は、余程の業績でない限り、注意をひくエサでしかない。アメリカではエンジニアに限らず、なんの業界でも、結果を出し続けない限り淘汰されてしまう。また、リリィさんのように結果を出し続ければ、受付嬢だろうとなんであろうと、本人の意思次第で出世していく。

リリィさんの話は、実力主義社会の勝ち組の話だ。でもアメリカの「今」を重視する価値観の裏側には「いつどうなるかわからない」という不安もあることも付け加えておく。

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