quipped

Creative Commons License

ナガツダ先生とマッコちゃん

大阪の橋下市長が、小中学生の留年を検討していると聞いた。小中学生の学力を底上げする目的とのことだ。そこでふと自分の小学生時代のことを思い出した。

ナガツダ先生は、小学校4年生から6年生までの3年間、ぼくの担任だった。小柄のおばさんで、分厚いメガネをしており、いつも青いジャンパーに黒いスパッツのようなズボンをはいていた記憶がある。

ナガツダ先生の授業は変わっていた。図画工作ひとつとっても、本来だったら1学期は写生、2学期は粘度工作みたいに、シラバス的なものがあったはずで、同学年の他の二組(うちの学校は一学年三組だった)は忠実にそれに沿っていたが、ぼくらのクラスは一年間通してデッサンばっかりしていた。それもクラスメートお互いの顔のデッサンだ。「相手の顔をよく見て、気づいたことを正直に描きましょう。ごまかしたり、友達だからと言ってキレイに書いたらダメです。」最初はみんなお互いの目をじっと見るのすら恥ずかしがったが、正月を迎えるころには、みんな相当デッサンが上手になっていた。まるまる一年間クラスメートの顔を描き続けて学んだのは、目はとても表情豊かなものだということだ。ナガツダ先生も、「まず目を書きましょう。目が上手に書けないと、残りも上手くいきませんよ。」と、いつもアドバイスしていた。

クラスで喧嘩があると、授業を全て吹っ飛ばしてみんなで話しあわせたり、国語の授業で、ひたすらみんなに魚へんの漢字を調べさせたりと、とにかく風変わりな授業をする先生だったが、特に印象に残っている授業がある。

「あ、明日なんだけど。リンゴと果物ナイフ持ってきてー」

ある日、六時間目の終わり、みんなが帰り支度をするなか、ナガツダ先生は思い出したように言った。今だったら、小学校5年生にナイフを持って登校させるなんて問題になるのかもしれない。100歩譲ってナイフの持ち込みは目をつぶったとしても、リンゴとナイフで何をするつもりなんだろう。家庭科の授業じゃあるまいし、やっぱりナガツダ先生は変わっているなあと思い、ぼくは帰路に着いた。

夕食の席で、ぼくは母親にリンゴとナイフのことを聞いた。

「あ、母さん。明日、リンゴとナイフ持ってこいって。ナガツダ先生が」

「リンゴとナイフ?家庭科の授業かなんかなの。」

「知らないよ。ナガツダ先生の授業に教科とかないじゃん。」

「確かにそうね」

次の日、ぼくも含めた5年2組の30人は、それぞれリンゴ一つと果物ナイフを持って登校した。何時間目だったか忘れたが、ナガツダ先生が、持参したリンゴと果物ナイフを出すように言った。

「この時間は、みんなでリンゴの皮をむきます。ルールはカンタンです。リンゴのヘタのところがありますよね。そこからナイフを入れて、くるくるリンゴを回しながら、らせん階段のように皮をむいていきます。あ、別に競争でもなんでもないのよ。怪我をしないように慎重にね。皮が途中でちぎれないようにがんばるのなんかもいいかもね。」

もう担任2年目で、ナガツダ先生の変な授業には慣れっこなので、みんな眈々とリンゴの皮をむき始めた。いざ始めてみると、これがなかなか難しい。子供の小さい手では、うまくリンゴもナイフも操れず、実を深く削いでしまったり、皮がすぐ切れてしまう。ぼくも不器用な方なので、全然思うようにいかず、いっそナイフを置いて、リンゴにかぶりつきたくなった。

そんなこんなしているうちに、クラスの真ん中で、歓声があがった。マッコちゃんが、目を見張るスピードで、皮を途切れさせることなく、リンゴの皮をむいていたのだ。くるくる回るリンゴは、どんどん裸になっていき、帯状の赤い皮が、するすると下に伸びている。よく時代劇ものの漫画とかで、バカ殿が女の着物の帯を引っ張り、それにあわせて女が「あれー」とか言いながら回るシーンがあるが、まさしくあれである。別段急いでいるわけでもなく、手際よく。くるくるくるくる。くるくるくるくる。

「すげーなー」

「マッコちゃん上手ー」

「超意外だよなーマッコだぜ。マッコ。」

マッコちゃんは、ぱっと見た感じ、到底リンゴの皮を上手にむきそうな子ではない。小学生にしてすでにヤンキーファッションで、髪は茶色に染めてあり、口使いも荒かった。小学校3年生から塾に通い、温室育ちだったぼくは、彼女が苦手だった。

マッコちゃんは、あっという間に、一度も皮をとぎれさせることなく、リンゴをむき終えた。

ナガツダ先生は、待ってましたと言わんばかりに、マッコちゃんの席まで行き、ビローンと伸びたマッコちゃんの作品を手にとり、誇らしげに言った。「ほらみんな、松野さん見て。一度も途切れてないでしょ。すごいでしょー」

マッコちゃんはもじもじしていた。彼女が算数のテストで50点を超えたのは見たことがないし、ヤンキーな容貌もあって、官僚の子弟のグループとかからは、白い目に見られていた。別に運動神経がいいわけでもないし、ソラマメのような目に、申し訳ない程度のサイズの鼻がちょこんとついた顔は、派手な茶髪に完全に迫力負けしていた。そんなマッコちゃんの、初めてといっていいスポットライトだった。

「みんなマッコちゃんが、こんなにリンゴの皮をむくのが上手だって知ってた?」

ナガツダ先生は僕らに聞いた。マッコちゃんと仲いいカオリン他2、3人以外、みんな首を横にふった。「先生知ってたの」とヨウちゃんが聞いた。「うん知ってた」と、ナガツダ先生は返す。

「へー先生なんでそんなこと知ってるのー」

「そりゃ以前に見たからよ」

「でも先生、家庭科の先生じゃないじゃん」

「佐田くん、ナイフを使うのは家庭科だけじゃないわよ」

「え?」

「一学期にみんなで行ったでしょー川場村の遠足。そこで松野さんがカレーに入れるリンゴの皮をむいているの見たの」

「へー先生よく見てるんだなあ」

ヨウちゃんは感心していた。ナガツダ先生は続けた。

「今日みんなにリンゴの皮むきをさせたのは、松野さんがリンゴの皮むきがどれだけ上手か、みんなに体感してもらいたかったの。実際自分でやった方が、どれだけ難しいかわかるでしょ。それに、同じクラスメートでも、お互いが知らない良いところってたくさんあるということを、伝えたかったの。学校の成績がよいのも、足が速いのも、とてもいいことだと思う。でも、学校生活で普段見えるものだけが全てではないでしょ。どのご家庭だって家事は必要不可欠。野菜を切るのだって、果物の皮をむくのだって、生きていくうえでは大事なスキルです。」

あとで知ったことだが、マッコちゃんの家は父子家庭で、4人兄弟の次女として、蒸発した母親の代わりに、小学生にして、既に家族の朝ご飯を作っていたそうだ。朝忙しいなか、家族5人の朝食を作っていたマッコちゃんにとって、リンゴの皮をとぎれさせずにむくなんて、文字通り朝飯前だったに違いない。マッコちゃんは、僕と同じくらいの遅刻魔で、いっつも一時間目に遅れてきていたが、今思えば、あれは多分、朝ご飯を作っていたからなんだろう。見えていることだけが真実ではない--ぼくの生きる上での信条のきっかけとなった、リンゴ皮むき授業だ。


ぼくは、ナガツダ先生の教育が最高だというつもりはない。丸一日おたがいの顔をデッサンさせたり、リンゴの皮むきをさせたり、ひたすら魚へんの漢字を書かせたりしていたせいで、肝心の学校のカリキュラムは、全くと言っていいほど進まなかった。3学期になって、1学期に履修すべき教材をやっていたこともあった。なかにはヤキモキした親御さんたちもいただろう。

個人的には、素晴らしい教育を受けさせてもらったと思う。でもそれは、自分が小学校高学年の3年間、塾漬けで、小学校で、「お勉強」をする必要がなかったからだ。塾でイヤというほど知識とノウハウを詰め込まれていたぼくにとって、小学校は、息抜きというか、もっと人間的な面での学びの場だった。

でもこれって実はとても自己中心的な視点であって、小学校では、きちんとした授業をやるべきというのが、正論なんだろう。先生も生徒も、「お勉強」の部分でのパフォーマンスを第一に考えるべきというのは、極めて自然な意見ともいえる。きちんとお勉強ができる子が「いい生徒」。そして、「いい生徒」をたくさん教育できるのが、「いい先生」。

でも、やっぱり僕はどこか引っかかるのである。橋下さんや教育のお偉いさんたちが考える、「学力」重視のシステムは、マッコちゃんのような生徒や、彼女の良さを見いだしていたナガツダ先生みたいな人たちを、むげにゴミ箱に捨ててしまうのかもしれないと。

2012-02-23